ようこそ、じょんのび庵ZENへ。

古民家ぐらし3




2014年 7月





今年の7月は最初から雨が続き、
その上、台風が来たりで出掛けられなかった。

東名高速、鮎沢サービスエリア

21日からようやく天候が良くなったので
早速、新潟へ出発出来ました。

早朝6時30分出発!

先月、東名厚木辺りから関越道へ直に
継がる道が開通したので行き易くなった。

今まで途中で切れていた圏央道が
全て継がり高速で関越道へ乗れるはず。

道路公団の地図では、厚木の次に
海老名インタージャンクションがあり

そこから行けば東京出口まで行かなくても
良いので大分近道になるはずです。

ナビの地図データが更新されていないので
解りにくい。

地図の更新は10月と書いてあったので
ナビは使えないので目視で行くしかない。




と、いう訳で、今回は長野経由ではなく
関越道で行って見ることにしました。

新東名、新靜岡ICから入り、
御殿場JCTで東名に変わりそのまま進みます。

海老名ジャンクションで圏央道に
入ります。

その後は、「八王子」を通過し、
「鶴ガ島」ジャンクションで関越道に乗る予定です。


車はスイスイと走り、
東名途中の「鮎沢SA」で休憩・朝食に
しました。


ここには金太郎の看板があったので
写真を撮るが、まだ早い時間なので
まだ目が開いていない。

鮎沢SA

「めパッチリだよ~」の声も虚しく、
なんも変わらず!


さあ!先を急ぎます。

この辺りから道は下りとなり
スイスイ走る。


いつの間にやら厚木辺りに来てしまい
厚木出口を左に見ながらさらに
行けば、「海老名ジャンクション」があるはず。



「え~!ないよ~ ・ ないジャン!」

「アチャ~」

「すっぱい・すっぱい」

すっぱいは成功のもと。

おっぱいは元気の素。

圏央道は左へ、とか看板が
あるかと思っていたのが甘かったジャン。

結局、道路公団地図にある「海老名ジャンクション」は
実在せず、車は東京まで行ってしまいました。

実は、厚木ICを出なければいけなかったようだ。
「もっと解り易い看板を作ってほしいの~」

「嘘はイカンよ!」

地図に騙されてしまったが
今まで東京経由で行ったことがなかったので
良い経験をした。

「ついてる」

「ついてるぞ~」

この一言が大事!

東京を出たら環状8号線へ入り、
そのあとは看板どおりに行けて
とても解り易くて良かった。

「流石に東京だ~」

「神奈川県とは随分レベルが違うヨ!」

30分ほど環状8号を走ったあと
ようやく念願の関越道に入った。

三芳SA

確か「練馬IC」だと思ったが・・

ドット安堵したら
急にオシッコがチビリそうになった。

「え~とSA・SAはまだカニ」

めでたく「三芳SA」に到着。
「押さえて・押さえてと~」

スッキリしたあとは売店へ直行するが
「都会だの~人が多いヨ」

画像の説明

売っているものが「銀座OO」とかが多い。
田舎の部落の人はこうゆうものに弱いから
「買わにゃいかんね」

何でも銀座がいいね~
「僕も好きヨ」


お土産を幾つか購入し、
車は関越道を登っていく。


そのあと、どうなるのか?

とにかく初めての道路なので
ただ前進するのみ。

埼玉県,川越を通過し、群馬県,前橋を通過して行く。
そして、いくつものジャンクションを通過していった。

「谷川岳SA」に入り休憩。
出口のところにトンネルがあった。

本線との合流地点がトンネル入り口とは
チョットここは危険だネ。
というより大変危険なので特に注意!

やがて長~いトンネルを8分ほど走っていたら
ナビが「新潟県に入りました」とアナウンス。

多分、このあたりがトンネルの中頃だろう。

トンネル内は、のんびり時速70キロで
走っているので、あと8分ぐらい走ることになる。

このトンネルが「関越トンネル」だろうか?
「多分そうでしょ!」

それにしても長い。

ようやく暗いトンネルを抜けると
ガラット風景が変わった気がした。

山が近くなったようだ。
それにやたらと大きなホテルが目に付く。

ここら辺りはスキー場が多く、
リゾート客がそんなに多いのか?

まるで熱海のようで
けっして美しいとは言えない。

美しい自然に群がる人工の建造物群がそこにある!

まもなく「湯沢」を通過。
あとは勢いで六日町まで走ります。

画像の説明



「塩沢石打IC」を通過し、とうとう「六日町IC」で降りた。

そのあと国道253号線で十日町へと出たのだが
もっと早く到着する方法が後から分かった。


本当は「湯沢IC」で降りれば良かったのだ。
塩沢石打ICでも良いけど、
ナビに頼り過ぎは良くない!

ナビは利口だけど利巧じゃない。

塩沢石打IC付近まで来たら
そのあと国道17号を左に折れ353号線が早い。

353号線は山の急カーブが殆ど無いので
次回はここを通ることにしたい。

それと言うのも
ありがた~い「大沢山トンネル」が最近出来たから
楽に山越えが可能になったもの。

知識はパワー!

知識が無いと無駄が多くなる。
反省しきり!


ナビによると12時30分に「じょんのびアン」に
到着予定になっているが、十日町で買い物したり、

昼食も「スーパーHarasin」内で簡単に済ませたので
到着したのは13時前頃だった。

スーパーHarasin



やはり長野回りよりは早く来れる。
運転も楽だけど、高速ばかりなので
代金は少しかさむか?


それぞれ良いところもあるし、
欠点もある。

関越道では野菜などは買えないが、
東名を使うので早いし、楽に来れる。

のんびりと、「風景」や「道の駅」を楽しむには
長野経由が良いね。

ただし、52号線はくねくねの長い道で
走るのが飽きてしまうよ!

じょんのび庵

旅にトラブルはつきもの。
遠回りしちゃったけど、無事に「じょんのびアン」に到着。

先月は随分雑草が伸びてたけど
今回は背が低い雑草が結構多い。

今年はいつもと違うのは
緑の成長に凄みを感じる。


雑草だけでなく、
全ての植物が異常に繁殖しているのは
なんでだろう!


多分、今年、雨が多かったかも。

最近は雨が降らない梅雨は慣れっこだからね。

「洋種山ぶどう」などは幹の直径が5センチもある。

「モクレン」の幹と葉は先月とは別物と言えるほど
幹は太くなり、葉っぱは濃い緑色で大きくなっていた。

家前の、畑の花は雑草に埋もれて
すっかり見えなくなっている。



隣りのトモコさんの話では
雨が続いていると土が柔らかくなり、
雑草がぐんぐん伸びたそうだ。

下の畑から見たじょんのび庵



やがて晴れが続き、土が固くなると
急に伸びなくなるという。

観察が鋭いね。
サスガー!





みみず14匹


翌日は天気は晴れ。

早速、草取りしなくちゃなんないけど
1時間と時間を決めて取り掛かりました。

家の前の雑草

暑いので一気にやりすぎると
熱中症になっちゃう危険があるからです。

まあちゃんが畑を、僕は
大きくなった洋種山ぶどうをノコギリで切ります。

そのあとは家の前から道路際まで
雑草抜きします。

カギのような道具も使い引っ張ります。

すると、こんなところや、あんな所からも
「ミミズさん」が出てきました。

ミミズ千匹なんていませんが
ここには100匹はいそうです。

画像の説明

こんな硬い土の中にいるなんて
ちょっと信じられません。

ほっといてチョット目を離したら
「ミミズさん」はどこかに潜ってしまいました。


柔らかい身体で、
こんな硬い土に潜れたなんて
不思議です。


不思議ミミズさん!


子供の頃、金魚ちゃんを飼っていたので、
川へ糸ミミズを取りに行ったものです。

(糸ミミズは金魚ちゃんの良い餌なんですよね)

画像の説明

すると赤い糸ミミズ100匹ほど?が
塊になっていました。

こうなると、割り箸で簡単に取れます。

ミミズ千匹は一度経験がありますが
滅多にいるものではありません。

今日の所はミミズ14匹と言っておきます。



さて、さらに草採りを続けます。


石垣にある草は石垣を崩すので
丁寧に取らないといけません。

石垣の下は柔らかい土がたまり
太~い「大ミミズくん」も出て来ました。


ミミズさん達は何を食べているんでしょうか?
ミミズが住む土は栄養満点と言いますよね。

綺麗になりました

大ミミズ君は急に明るくなった為か
驚いてジタバタ暴れている。
なので直ぐ土を被せてあげました。



そういえば、ミミズを養殖している人もいます。
ミミズを大量に養殖し薬を作っているのです。

そうです! みみずパワーです。

オシッコなんてかけちゃうと痛くてタマリマセン!
思い出すだけで痛くなっちゃうほどの強力パワー!

「イ・タタタタ」


この薬、
糖尿病に良いとかで月2万円もするのですが
2年ほど僕も飲み続けていました。

味もミミズの味のような気がしました。
今は飲んでいませんが・・

綺麗になった石垣

最初は劇的に効いたのですが、そのうち
ミミズ効果があまり感じられなかったからです。


ミミズさんもいい迷惑です。
突然ですがそんな事を思い出しました。

石垣の中の草も皆とり
綺麗になりました。


畑の一部ですが、花がしっかり見えるようになりました。
この花と、ひまわり2本はチョースケの母ちゃんが
植えておいてくれました。

画像の説明

「チョースケの母ちゃん」はお花が大好きで、
僕達の花好きも知っているので、留守中に
こうして時々植えてくれます。


「チョースケの母ちゃん」!
いつも有難うございます。

やがて1時間が経過したので
草取り終了!

二人とも額から滝のような汗が
ひたたり落ちています。

この汗と一緒に毒も身体から出ているので
草取りも健康には良いものと思います。


このあと、ぬるめのシャワーを浴びてから
着替えてスッキリしました。

あまーいトウモロコシ

シャワーってホントありがたいです。








手元スイッチ



時計を見ると未だ
10時にもなっていませんでしたが
スイートコーンのおやつを頂きました。


今回、出掛ける予定が少ないので
家での仕事?を「サッサと片付けなければ!」


まずは手元スイッチを作ります。

何かを手元でスイッチしたいときがありますが
買うと意外と高いので手近な部品を利用します。

売っている手元SWは使いにくいです。
こたつSWみたいな形ですからね。

パーツ類

使う部品は100円ショップで買えるものや、サプリに
使われているポリビニールの容器などを利用します。

捨てないで、こんな使い方を思いつくなんて
「もったいない精神」の現れでしょう!
本当にスンバラシイです。


必要部品は
ACプラグのオス・メスとSW、容器、端子1コ
それにコード類です。ACプラグ類はホームセンターなら
80円ぐらいで買えます。

端子は3端子あるものなら何でも良いけど
容器に収納出来る大きさのもです。

因みに僕は以前マルツ電波で購入したものが
あまっていたのでこれを使いましたが・・


配線には半田ゴテを使用します。



接続図

手元SWは今回100円のものを使いましたが
良く柱などに使うもの(170円くらい)だと
使い易いのでオススメです。

回路は図面を書くと一目瞭然!
簡単に書いてみました。

SWの線は手元までなので、長くして(2mほど)
他の2本は30cm程で良いです。

画像の説明

まずはサプリ容器にドリルで穴明けし
コードを通したら端子にコードを半田付けし
最後にフタを閉めます。


手元SWは差込は使わないので
切り取ります。ニッパで噛んだあとペンチで
こじ折りました。

これが面倒なので柱用SWがオススメの理由です。


SWの所の差込用穴は使わないので
フタをします。白いプラスチックを
四角に切って接着しました。

完成しました

白いテープなどで巻いてしまっても良いです。


完成しましたが
SWは目的が違うのでONしてもランプは
点灯しませんのでご注意!


でもこれで、ランプなど容量の小さなものなら
手元で操作出来るので便利です。


因みに僕はレーザープリンターの
ON/OFFに使用してます。

ケロちゃん

これを使い始めたら
下にかがみこまなくて良いので
めちゃくちゃ快適になりました。(イイヨ~)


注意するのは
消費電力が1KWのような大きいものは
危険なので使わないようにします。


何故ならコードの太さで
容量が決まるからです。



これで一丁あがりですが
今回、やる事がまだまだあるので急ぎます。

縁側の戸


「え~と」
昨年、制作した行灯を改修したり
もっと古い行灯も改修したりで
2つも改修予定です。


戸板の交換もします。

さて、まずは戸の交換から始めます。

実は、3枚戸の2枚の滑りが悪く、
思い切って元あったガラス戸に交換したい。

大広間から見る縁側

この戸は無理やり取り付けたので
本来のものでは無く、閉めたり開けたりすると
直ぐにレールから外れてしまいます。



そこで仕方無く本来あったガラス戸に
戻すという訳けです。

でも通常は1枚は全く動かさないので
2枚のみを交換することにしました。


ガラス戸は捨てずに取ってあったのですが
2階に置いていたので汚れを掃除機で取り、
そのあと雑巾がけし、綺麗にします。

スーパーCRC556



その上、下の滑車が錆びたりしているので
今回、エスポットで購入し、

靜岡からKURE「CRCスーパー556」を
持参しました。


そういえば玄関のカギも不具合で
固いので何とかしなくちゃなんないヨ。


とにかくガラス戸をはめようとしたら全くダメ。

湿気か何か分かりませんが、こうなったら
ジャッキに登場してもらうしかありません。

ジャッキを下に置き、棒で上側にあてがい
ハンドルを上下させると、「ミシッ!」と
音がしました。

ガラス戸が復活



このミシッ音が「入ります!」と言う合図です。

この状態でガラス戸を入れるとスンナリと
入りました。(めでたし・めでたし)

さらに、ガラス戸下の滑車にCRCを吹き付けたので
レール上をスンナリ滑りました。(スラ~リ・ガラガラ)

この「CRC556」は3種類ほど有って
フッ素入りがこのスーパーです。

大きさも小さなタイプなのに500円と高かった。


精密機器の置き時計などには合わないので
絶対使用しないようにしてください。

動いている時計も止まってしまいます。
なので使用に関しては注意してください。

メーカーにご確認ください。



さて、「通常サビ取りタイプ」なら250円なのに
今回は特別にスーパーをチョイス!

何しろ玄関のカギがスムースにならないと
困っちゃうからね。

ガラス戸のはめ込みが終わったあと、

どうにも成らなかった
玄関キーにもスーパーを「シュッ・シュッ」と
吹きかけました。

この「吹きかける」というのがミソですヨ!
奥の奥までオイルがいき渡っちゃうからね。


すると―? 

「なんていうことでしょう!」

あんなに苦労して開け閉めしてたのに

玄関戸

スンナリとカギが動作するではありませんか。
「さすが~ 超パワフル性能とはこの事だ~」

KUREさん クレさん!
助けてクレてありがとう!

「キモチヨカー」



これで3丁あがり!
だけどやる事がまだまだあります。


昨年に作った行灯に手を加えます。
正直に言うと、まだ下の台を作って無かったのです。

45度に切ります



何事もバランスが重要なので
行灯に比べて台は大き過ぎず、小さ過ぎずで
木の大きさを決めます。


高さ約5cmの角材が、運良く有ったので
それを使います。


釘などが表に出ないように
額縁のように45度の角度で正確に
切断しなくちゃいけない。

4本を切り終えました

それにはやはり名機日立の
「スライド丸ノコ」に登場して頂きました。


行灯の大きさより4辺とも7mmほど外側に
台が出るような寸法を考えました。


「イメージではそのほうがカッコイイのでね!」


寸法を決めたもののイザ切る時になったら
ピッタリ45度に切るのは丸ノコの角度で
簡単に切れませんでした。

直角に切るのとは違い、レーザーで寸法は
見れないので、だいたいの感で切りますが
ノコ刃の厚さも考えて、そこは慎重にいきます。


珍しく何とか上手くいきそうでしたが、
気を許した途端、アレレ!!

反対の向きで切ってしまった。

「う~ん! なるほど~」「ソーカ~」

木は長めにあったので材料は少し無駄に
したものの、めでたく切断終了!

こんな感じにまとまります



4本は見事に45度の角度になっている。

合わせて見ると隙間が無い。
こんなの初めてだ。


「パチパチ!」 「素晴らしいヨ」

さすがに「スライド丸のこ」はいいね。

だけど怪我をしないようにしないと
気をつけなければいけません。


上手く土台の材料が切れたら
透明ボンドを使い接着しますが

接着します

ピッタリと隙間が出ないように
ゴムで、きつく押さえます。


速乾性なので3時間後には
行灯に取り付けられますが


ここも接着剤を使いつつ、
ネジ釘を一辺に2本ずつ、合計8本を
使用するので、がっしりと取り付くでしょう。


鉄で重しをして接着させます

実は、接着前に上の部分や角の部分を
ヤスリなどで丸く削りました。


これはフンムキを柔らかくする為です。
そして最後に細かい400番のサンドペーパーで
良くこすっておきました。


角も綺麗です

今度はネジ釘でしっかりと止めます。

もちろん事前に下穴を少し開けておきます。

「グワ~ン・グワ~ン」と電動ドリルが唸りました。

想像どうり綺麗に取り付け成功です。

今回、アクリル絵の具を持参したので
塗装するつもりです。

前にハンドルをベンガラ色で塗ってあったので
今回も土台を同じ色で塗ります。

このベンガラ色ですが、
この色は試したところ、ピンクをベースに
赤と紫色の3色で作れます。

下からネジ釘を打ち込みます

気持ちピンクに近いベンガラ色ですが・・

これで一応完成しました。


下を黒色で塗ると締まって良いのですが
フンムキが重くなるかも知れないので
今回はベンガラ色にしてみました。


トータルで眺めるとチョットやさしい感じです。

力強さが欲しければ下の土台を黒色で
上塗りすれば良いです。

しかし、「汚れは黒と同化する」と
いう言葉があります。

完成後の行灯

それを考えると、やはり黒はやめときますか?

とにかく、物は使えば使うほど、味が出て
馴染んでくるので取り敢えず良しとしました。



色塗りに使用したアクリル絵の具は
すぐれモノですが、ついでに照明ガラスに
アクセントで塗ってみました。


単なるチューリップに、緑のアクセントが付いて
少し涼やかな感じになりました。

チューリップ照明器具



元には戻らないので
良い子は絶対マネしないでください。

悪い子はマネしてもいいです。
ただし、怒られますが・・




他にも塗りたい所を思い出しました。

以前メジロちゃんを落っことしたら
尻尾が欠けてしまったので補修します。


補修にはセメダインから出ている
「穴うめパテ」をムサシで購入してみました。
これは何にでも使えます。

セメダイン穴うめパテ

今までボンドから出ている2色混合するタイプを
使っていたのですが古くなり、固まるまでの時間が
何日も掛かるのでやめました。


今度の穴埋めパテを使用したら、わずか3時間で
完全に固まったので驚です。


その上、混合しないタイプなので
とても使い易く便利です。


木工用と違い、固まっても目減りしないので
何にでも使えます。

めじろの尻尾を補修


値段も800円以下だったかな?
オススメの一品です!

固まったので、早速、色塗りといきます。

このメジロちゃん!元は1色で塗られていたので、
補修ついでに本もののメジロみたいに
塗ってみました。


背中はくすんだ緑にして、胸は黄色っぽい緑で
だんだん尾に近くなると緑色になりますが
微妙な色にするには重ね塗りがいいです。

メジロらしくなりました



まさにアクリル絵の具の利点を生かします。
以前よりフンムキ良くなりました!!







色塗りが終了して
夕方4時頃には再びシャワーを浴び、
そして着替えます。


今日はフェーン現象とかで日本中が熱くなり
Yahoo天気によると38度越えで
ここら辺りでも40度近かったと聞きました。

画像の説明

ココにはエアコンが無いので
扇風機1台で涼を取ります。

この暑い夏でも何とかなるのが
天井が高い古民家の良いところです。

普通の家に比べると断然涼しいので
助かります。

外が38度ぐらいのとき、
部屋の温度計を見ると31度になっていました。

それで、部屋中にミストをシュッ・シュッ っと
やって見たら気化熱を奪うので涼しくなりました。

居間のお花

温度計を見ると30度に下がりましたが
わずか1度でもこんなに涼しく感じるのですね。


床下から入る風が涼しければ
床下入り口を改造して電動ファンを
取り付けようと思っていたのですが


開けて診ると、その割に冷たくなかったので、
今回はやめときますが・・



やがて静寂な時が音も無く過ぎていきます。



4時半頃には日が傾き、涼しくなりました。

画像の説明

「ひぐらし」が「カナ・カナ・カナ・カナ~」と
鳴いて、とても癒されます。


あっちで鳴くと、今度はこっち。
順番に鳴いてはコンタクトしてるようです。


因みに、この辺では「アブラゼミ」は鳴きません。
「みんみんゼミ」は時々鳴いているのが聞こえます。


「ミ~ン ミン ミン ミ~~~ン」

こんな感じで鳴きます。



蝉はそれぞれ種類により、吸う樹液が違うので
止まる木が違います。

朝も早く鳴いて時を知らせます。

深い夜が新しい朝を向かえると、
モヤッと見えはじめ、その途端に

画像の説明

カナ・カナ・カナ~です。

「う・うるさいナ~」

この時は「カンベンしてくんりょう~」
と思います。

でも鳴いているのはチョットの時間だけ。

こちらも、いつの間にやら夢の中!
こんな感じの毎日です。


夕方5時過ぎに玄関横にあるゴロータに
「アマガエル」が3匹も止まっていました。

アマガエル3匹が・・

多分、暗くなると上にある照明に
蛾が来て、下に落ちるのです。


その蛾を狙って小さな蛙くん達が
待っているのでしょう。


それに下に水道があるので
お水も飲めるし、良いとこ見つけたようです。


下を見たら直径15mmほどの穴が有りました。
蝉が出てきた穴らしい。

セミの抜け殻

上を見ると、やっぱり
ゴロータに抜け殻が一つ付いていました。



そんな時、近所のおじいちゃんが来て
この枝豆は「ウメ~ゾ~」と言いながら
僕に渡してくれました。

「今、抜いてきたとこだけんな」!
おじいちゃんは畑で色んなものを
作っていて、時々分けてくださる。

小さいけどパワフルなおじいちゃんだ。


夜になり、まーちゃんは頂いた枝豆を
枝からハサミで切り取ります。


確かにこれは美味かったです。
ごちそうさまです。

枝豆とり









僕は来た当日に、コメリで購入した
「ラミネーター」を試しに使ってみます。

最近はホームセンターで安く売られているので
「なんだかな~」と気になっていました。

この前、レトロ展の時、銀行のゴシマさんも使っていた
ラミネートとか言っていた物。

3500円くらいの物が1950円と安かったので
つい、衝動買いしてしまった。

僕としてはA4対応が欲しかったけど
これはA3対応と書いてある。

A3用紙はA4の2枚分ぐらいで、かなり大きい。
なので本体もほんの少し大きいかも?

ラミネーター

A4対応は? 

無い。いくら探しても無い。

「大は小を兼ねる」が

「小は大を兼ねない」 

人間コンピュータ・只今計算中!


大きさはそんなに変わらない気がするし
デザインが「かまぼこ」みたいな半円でカッコイイ!

持ち易いし邪魔にもならないみたいで
「ビビ~ン」と脳が反応してしまった。


ドーパミンが少し放出されたらしく
買う気になったもよう!


次の瞬間!
βエンドルフィンがドッと放出され、
脳内革命がはじまっていた。

当然アドレナリンは影を潜め
引っ込んでいるが・・

人間、βエンドルフィンが出れば
みんな幸せ!皆、最高!


気が付いた時には僕はしっかりと
その箱を両腕に抱えていたのでした。


その箱には「GBC Pouch Laminator CLA302」とある。


あと、それ用のフィルムなども2種類買った。

ブロマイド写真を挿入

ハガキ用のものと、もっと小さな写真用が
20枚づつ入っていて100円ほどだった。


さあ!早速やってみるヨ!

これは昔の人の写真で、額を買ったとき
「おまけ」で付いていたもの。

取り出してフィルムに挟んで~と。

箱書きには
向きは奥側に折り返しがあるようにと書いてある。


機械のSWを入れ、待つこと3分ほどすると
「スタンバイOK」の緑のランプが点灯した。

ブロマイド写真

これでいいのかな?と
恐る恐る入れてみると
実に「なめらか~に」ゆっくりと入っていった。


と思ったら直ぐにそのまま後ろから
ピッタリとラミネートされた
ブロマイド写真が現れたのでした。


「スバラシ~イ!」

「あの濁りのあるフィルムが
出て来ると透明になってるヨ」


そのあと、額のサイズにピッタリ合わせて
ハサミで切り取り、額へ入れてみました。

「お~!いいじゃん」うまくいったヨ。

このパウチ・ラミネーター は
熱処理するのでかなり高温となる。

消費電力も500ワットある。

画像の説明

覚めてしまうまでは箱に入れず
そのままにしておくのが良いかも。


因みにラミネート加工とはラミネートフィルムを
サーマル圧縮する技術でポスターなどを

長期間保存したりする為の表面処理する方法の一つで


一般家庭で布や紙などを処理するのを
パウチというらしいが透明フィルムで
覆うことらしい。


語源はPouchで小さな袋、ラミネート加工のこと。

せっかく購入したので、これから色々な物に
挑戦してみたいと思います。

画像の説明











湯沢



今までおろそかになっていた湯沢方面の
道路探索をしておきたい。

畑のひまわり

なぜなら、帰りにスムースに帰れるように
事前調査を兼ねてドライブに行きます。

隣りの師匠夫妻に、以前、「大沢山温泉」に
連れてきてもらったことがある。

とても情緒がある温泉で、玄関にクマが
3匹いたのが珍しかった。


3匹は剥製ですが、まるで生きているような仕草で
愛らしい姿をしていた。


その時、「大沢山トンネル」を通ったことは
しっかりと覚えていたのだけど

画像の説明

この奥は「湯沢方面だよ」と言われたのを
今、ようやく思い出しました。


あの時は温泉を出たあとに、
山の「狭~い道」なのに、「○○スカイライン」とあり。

「こんなスカイラインもあるんだ!」と
妙に感心したものです。


師匠夫妻は
希にみる超素晴らしい絶景を
見せてくださった。

あの景色は今まで見た中での
人生最高の景色だった。


今日はその湯沢方面へ行ってみます。

大沢山トンネル

まずそもそも、大沢山トンネルを行くには
どの道なのかも分からないので


取り敢えず、「湯沢町歴史民俗資料館」に
ナビをセットしました。


十日町の田んぼの真ん中を飛ばし、
117号線へ出た後、1km程だけど
ほんの少し戻り、右折した。

画像の説明

右折したところには大きな青い看板表示が有り
「大沢トンネル方面」と見えたので
チョット安心しました。


その道は開けた山道で
あまり家は見当たらないけど
ほんの少し上りの坂道だ。


横に小川が流れていて
岩魚などが住んでいそうに見える。

でも開けた川で、渓流というフンムキでは無く、
あくまで、サラサラと流れている小川。

画像の説明

10分ほど走ったのだろうか?

左に大きくカーブすると
トンネルが有った。

上を見たら「大沢山トンネル」とある。

「え~!」「もうここまで来ちゃったの~」

そして、綺麗なトンネル内を2分程で
通り過ぎると、直ぐに例の「大沢山温泉」に。

さらに5分ほど連続カーブが続く山道を
抜けると、もうそこは「塩沢石打」で
17号線に出てしまいました。

国道17号線

この道なら、さすがに早く来れる。
17号線の右折場所にしっかりと
ナビの地点登録した。

なぜなら、「ここは大切なポイントだからね」
当然、初めて走ってる道です。

右に行けば、塩沢石打、湯沢方面で、
左に曲がれば塩沢宿が有り、
さらに六日町へ行ける。

今、走行してるのは17号線だけど
高速のICも直ぐ隣りに見えてる。

横を流れている川はサクラマスで有名な
「魚野川」。

サクラマスはヤマメが海に降りたあと
大きくなって帰って来る。

大きいものになると「60cm」にもなり
フライフィッシャーの憧れの魚でもある。

画像の説明

一度はFLYで釣ってみたい魚だけど
簡単には釣れてくれない。

以前、僕は「芦の湖」で大きなサクラマスを釣った?
のだが、残念ながらもうチョットでゲットのところを
外されてしまい、「悔しかったよ~」

まあ!オートリリースしたと思えば何でもないが・・





サクラマスを想像しながら行くと
左手に道の駅があったので
ここで少し休憩します。


道路沿いに大きな看板、
南魚沼道の駅、「雪あかり」 とありました。


この辺りは土地が広くて、駐車場も広くて
気持ちが良い。

南魚沼道の駅

専用の建物が有り、
休憩用テーブルやイス、などが
たくさん用意されていて
とても人に優しい。


木造ドーム型のハウスが売り場で
野菜など道の駅らしい商品が並んでいる。


ここでは、アイスモナカを食べたり、
「おせんべい」を購入。


座って前を見れば、スキー場らしく
山の上にホテルらしき建物も見えた。

画像の説明

木造ドーム型の売り場の他にも
レストランらしき建物も横にあり
何人かは食事しているのが見える。


見ていると次から次と車が入ってくるが
広いので、悠々と出入りが可能。


それに風景が良いので
のんびりしたくなってしまう
珍しいほどの道の駅環境?と言えそう。


この辺りは直ぐ後ろが、関越道、塩沢石打ICがあり
湯沢は近い。

売り場
道の駅、雪あかり









画像の説明
道の駅









陳列棚
温泉施設?













そういえば、塩沢宿辺りや六日町あたりには
道の駅が無いのでここに人が集中するのだろう。

僕らとしても、「GOODポイント発見!」で
「これからも利用させて頂きますヨ」



「雪あかり」を出て車は湯沢町へ向かいます。

「湯沢」というこの言葉、何か良い響きを感じます。
何て云うか優しいイメージがある。


沢と付くとサワヤカで、湯と付くとやはり温泉地と
想像できるので山の温泉地と誰もが思うでしょう。

リゾートホテル

憧れの湯沢なのだったけど、どんなとこだろうか?

関越道から見た湯沢は、狭くてゴテゴテの
風情の無い町に見えた。


昭和6年に上越新幹線が開通し、スキー客や
リゾート客が押し寄せるようになり
リゾートマンションが林立したという。


一番始めに作ったマンションが3日で完売し、
それ以後は、竹の子のように増えてしまったと聞いた。

画像の説明

それまでは山あいの風情のある温泉地だったに
ちがいない。

川端康成の名作「雪国」の
舞台になった温泉地だ。


車は国道17号線を10分ほど走ったあと、
右に曲がり、温泉街へと向う。

坂を上り初めて2分ほど走ると
温泉街らしい所に来た。


お土産屋さんがあったり、食堂があったり
まとまりは無いように見える。


建物自体にまとまりが無いのは
日本の特徴で、お世辞にも綺麗とは言えない。

湯沢駅の近く

「随分と歩いている人がいるけど
外国人の方が多いヨ!」


やがて右側に看板が有り、
「歴史民俗資料館」が出ているので
直ぐ近くの様子。


100mほど行くと右手にその建物が有った。
意外に小さい白いビルだった。


駐車場は向こう隣りにあり、直ぐに分かりました。
人は見当たらないので無料で止められる。

先ほどの「道の駅」で見かけた車も
2台ほど止まっていた。


車は20台ほど止まれそうなスペースの
上の土地は空き地で、更に山上には
大きなリゾートホテルのような建物がある。


狭くてやはり「ゴチャゴチャしてるね」
「大きな建物に山がに押しつぶされそうにも見えるヨ」

強い日差しが顔を刺すように当たるので
「早く入らんしょ」

湯沢町歴史民俗資料館入り口

階段を上がって一人500円支払う。

ここは正しくは「雪国館」というらしい。
越後湯沢駅から徒歩で7分とある。


東京からは「車で1時間50分」ともあり。
新幹線なら「1時間10分」で来れるらしいヨ。


ここは正しい地名は
新潟県南魚沼郡湯沢町大字湯沢354-1。


「意外に東京から近いんだね」

湯沢町歴史民俗資料館

入るとすぐに、けやきの招き猫が迎えてくれた。
素朴な猫で「清水さん」手作りと書いてある。
かわいい猫が上手に彫られている。


その左には大きな「蜂の巣」が置いてあり、
これは「スズメ蜂さんの手作りです」と 書いてないが
何故か飾られている。


「置いてあるとこみると、
どちらも縁起が良いんだね~」

昔の生活空間

受け付けのあと、直ぐ右に懐かしの交流スペースがある。
「どうぞお上がりください」と書かれていたので
上がってみました。


雪国の住生活コーナーとなっていて
昔ながらの居間風の生活空間となっています。


居間はチャノマと言われ、生活の拠点となり、
炊飯、飲食、採暖などすべて囲炉裏を中心とする
家族団らんの場でした。


家族が集い、語らったであろう空間には
ゆったりとした時間が流れていたのが想像できる。


囲炉裏に座ったり、味わい深い家具や板戸に
触れるのも可能でした。

生活空間



「掛け燭」が幾つか見えたり、当時の生活道具が
自然な形で置かれている。


真っ黒になった神棚もある。


自然と共生し、長い時間を積み重ねてきた湯沢
その歴史に触れることができます。

画像の説明

こういった古い物に囲まれていると
何故か落ち着きます。



自然素材しかないのが
安らぎを感じさせるからだろう。


展示としては、少しゴチャゴチャし過ぎるているが
実生活してるわけじゃないからね。

仕方ないでしょう!


提灯箱

棚の上には提灯の箱が二つ有ったが
文様が素朴で可愛いい。


赤ちゃんを入れるツグラなども
当時の写真と並べられているので
大変解り易くて良かった。


昔は赤ちゃんも少し窮屈だったみたいだけど
親が見守り易かったのでしょう!


今時なら、猫が入ってしまいそうです。

赤ちゃんツグラ?








2階へ行くと昔使われていた民具が
春夏秋冬にそれぞれ分けられて展示されている。


例えば冬ならば、ソリ、スキー、カンジキ
つぐら、臼、等。


特に面白いのは「縄作り道具」で
足ふみをして動力機械を動かし、

冬の民具類

両側から少しづつ藁(ワラ)を入れていくと
機械が撚ってくれ、そしてドラムに自動的に
綺麗に巻かれていく。


名前を「足踏み式縄ない機」と言い
差込み口に2~3本ずつワラを入れ


ペダルを足で踏むと、
歯車の回転で撚り(ヨリ)がかかる。


差込み口の歯車を取り替えることで、
縄の太さを調節できるもの。


縄作り用機械

むかしの人の知恵には驚かされる。
今ではロープになり、布やクレモナなどで
丈夫なものが機械で作られる時代であるが


昔は自然素材しか無かったからね。


民具の展示は季節ごとに分かれているけどね~
「なんだかな~」


春、夏のくらし

冬になれば、雪が生活を制限してしまい
やれることは限られるから、
知恵を使い、昔の人はそれなりに考えた。

季節ごとの暮らしが変わるのは自然で
今も昔も生活は大きくは違わない。


古い民具を見るとき、
「むかしの人は偉かったな~」と感じる。

民具たち

カゴやわらじやカンジキなど全てが
手作りなので根気がいるけど
僕にはとても出来そうもない。


ゆっくりと左に歩いて行くと、
横長の書物が目にとまった。



読むと「煙草 定価表」とある。

昭和初期のタバコの値段表で、
「当時から色んな種類のタバコがあったんだな~」


「懐かしいタバコもあるよ」

ホープが金75銭。 チェリーが金10銭とある。

煙草 定価表

「ホープやチェリーなどは昭和40年ごろまで
あったかな~?」



「オレンジ色のエコーは子供のとき、しょっちゅう
親父に買いに行かされたな~」

「たしか、当時で40円ぐらいだったのは
はっきりと覚えている」

「懐かしいの~」

「ゴールデンバット」は随分遅く出たね。
良く僕も吸ってました。

当時のタバコは良い香りがするが
「セブンスター」になるとニコチン・タールが軽くなり
伏流煙に毒が多くなってしまった。

当然、嫌な香りになり
それに連動して嫌煙権が叫ばれるようになった。





さらに左へ歩いていくと木板に「定」とある。


これは高札(こうさつ)といい、
決まりごとやお知らせを書いて、

高札

庄屋の庭先など村の中心地に
かかげられたもの。


天和2年(1682年)の高札は、
親や親戚には忠孝を尽くせ、夫婦は仲良く、

喧嘩や口論はつつしめ、など現在でも
通用する内容には驚きます。


慶応4年(1868年)の高札は
世直しの声が高まる幕末の時代を反映した
内容になっている。

宿札



こういった木のものは僕は気になるので
眼が惹きつけられる。

これは宿札といわれるらしいが
天保9年(1880年)に幕府の

巡検史(将軍の代替わりごとに派遣され、
全国を視察して回る役人)筧 新太郎が泊まったときと、


明治初めに山県有朋参議が泊まったときに、
宿泊先である三股の脇本陣、池田屋の表に
掲げられたもの。

旅館中屋の看板

瓦のような焼き物で作られている旅籠中屋の
看板は良く割れずに残ったものですが
珍しくインパクトがある。


エンボスで目立つように工夫されていて
実に良く出来ている。

実物は大きいので迫力があり、
木ではこの力強さは無理というもので
実に重みと凄みが伝わってきます。


チョット珍しいく良い物を見させてもらった。


大小看板の小




この大小看板は薄い板に浅く彫られたもので
実に気持ち良さが伝わってくる。

昔の暦は「大小」に分かれているだけで
今のように1日が細かく表示されていなかった。


この板を庄屋の庭先に吊るして、その年は
いつが大の月、小の月にあたるかを知らせました。


看板の裏側は見れないが、「大」の文字が
彫られているはずで、
写真でも良いから見れると良いのにな~。


川端康成自筆

エレベータで再度1階に降りてくると
川端康成の小説「雪国」の世界が待っていた。


「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった
夜の底が白くなった」で始まる小説「雪国」

ここには川端康成が生前愛用していた貴重な
品々が展示されている。


『雪国』(ゆきぐに)は、川端康成の長編小説。

川端康成

代表作の一つで、川端文学の美質が
完全な開花を見せた名作である。


1935年(昭和10年)から各雑誌に
断続的に断章が書きつがれ、
初版単行本は1937年(昭和12年)に刊行。


同年に文芸懇話会賞を受賞したが、
その後も約13年の歳月が傾けられて
最終的な完成に至った。

川端康成が愛用していた大島紬の着物と羽織

現行版は新潮文庫、
角川文庫で刊行されている。

海外でも評価は高く、
英訳版は1956年(昭和31年)の
(エドワード・サイデンステッカー訳、


英題:“Snow Country”)をはじめ、
世界各国語に翻訳され出版されている。



雪国を訪れた男が、温泉町で
ひたむきに生きる女の諸相、そのゆらめき、
定めない命の各瞬間を見つめる物語。

川端康成の書斎



女の一途な生き方に惹かれながらも、
ゆきずりの愛以上の繋がりを


持とうとしない男の冷たいほど澄んだ心の
鏡に映された女の烈しい情熱が、
哀しくも美しく描かれている。


作品背景として、川端康成は故意に
地名を隠しているが、
1934年(昭和9年)6月13日より1937年まで

ティファニーの旅行用めざまし時計

新潟県湯沢町の高半旅館(現:高半ホテル)に
逗留していたことを随筆『「雪国」の旅』(1959年10月)で
述べている。


その時出会ったのが駒子のモデルとなる
芸者の松栄である。


川端が滞在した高半旅館は建替えられているが、
雪国を執筆したという「かすみの間」は
保存されている。また、

川端康成が接客用に使用していた湯飲み茶碗

ここ湯沢町歴史民俗資料館に、
モデルの芸者が住んでいた部屋を
再現した「駒子の部屋」がある。


なお、村松友視の『「雪国」あそび』には、
このモデルの女性について書かれている。



死亡当時、死因は自殺と報じられ、
それがほぼ規定となっている。


その一方で、遺書がなかったことや、
死亡前後の状況から自殺を疑い、
事故死とする見解もある。

中国の盃の台、下戸だった川端康成は玉露を愛飲、愛用した盃



1968年(昭和43年)10月に、
「日本人の心情の本質を描いた、


非常に繊細な表現による彼の叙述の
卓越さに対して:"for his narrative mastery,
which with great sensibility expresses the
essence of the Japanese mind."」
ノーベル文学賞受賞が決定した。


2010年代に公表された選考資料によると、
1961年に最初に候補者となってから
7年かかっての受賞だった。

川端康成が愛用した万年筆等



12月のストックホルムでの授賞式には、
燕尾服ではなく、文化勲章を掛け紋付羽織袴で臨んだ。


記念講演「美しい日本の私―その序説」を行った。
翌1969年から1974年にかけ、新潮社から
『川端康成全集』(全19巻)が刊行された。


台北のアジア作家会議、
1970年にソウルの国際ペンクラブ大会に出席、
日本近代文学館の名誉館長にも就任した。


ノーベル賞受賞後発表した作品は、
短編が数作品あるだけで、
ノーベル賞授与が重圧になったといわれる。

川端康成が愛用した茶碗等

1973年に財団法人川端康成記念会によって
川端康成文学賞が設けられ、現在まで続いている。


1985年(昭和60年)には、
茨木市立川端康成文学館が開館した。
なお茨木市名誉市民にもなっている。

川端康成は、大阪府大阪市北区此花町
(現在の天神橋付近)生れ。

川端康成が愛用したもの

東京帝国大学文学部国文学科卒業。
横光利一らと共に『文藝時代』を創刊し、
新感覚派の代表的作家として活躍。


『伊豆の踊子』『雪国』『千羽鶴』
『山の音』『眠れる美女』『古都』などで、
死や流転のうちに「日本の美」を表現する。


1968年(昭和43年)にノーベル文学賞を
日本人で初めて受賞した。

駒子の部屋を再現

1972年(昭和47年)4月16日夜、
満72歳で自殺(なお、遺書はなかった)



この湯沢にゆかりが深い、川端康成の
遺愛品などはどれも超一流の品で
生き様が現れているようだ。





歴史民俗資料館を出て、
時計を見るとすでに12時を回っていた。

食事ができる処はいっぱい有りそうなので
車でゆっくり走って探すことに。

越後湯沢駅

やがて左に駅がある。


「越後湯沢駅」と大きく書かれていた。
新幹線の駅なのだろう!


写真だけでも撮ろうと駅前横に車を止めて見ると
真ん前に「観光案内所」があった。


入って聞いて見ると、「駅構内にレストランなどが
沢山有りますよ」という。

駅内

食事はここですることに決め、
そのまま駅に入ろうとすると
いきなり外人さんが多勢出てきた。


横下に看板があり、
「FUJI ROCK FESTIVAL’14」などとある。
苗場スキー場で開催されるようだ。


湯沢なのにFUJIとはコレ如何に!?
「なるほど~」

湯沢などと書かないのは自信が無いのか?
あまり景観が良くない!


川端さんも今頃はガッカリしてると違いますか?
FUJI=日本 といいたいかも?


それとも、FUJIテレビと関係してるのか?

階段を降りて行き、構内に入ると
またしても外国人でごったがいしていた。


皆それぞれ手には
トランクのようなものを引いている。
泊まり客なのは直ぐ分かる。


凄まじい人の数で驚いたが
構内の店の数も尋常ではないほど多かったのは
新幹線が到着したところで乗客が出てきたかも・・


ここは「CoCoLo 湯沢」というのか看板がある。
「中央いちば」「がんぎどうり」というのも見えた。

「がんぎどおり」は、「昭和時代初期の
雁木(がんぎ)造の家屋が建ち並ぶ
街並みを再現したレトロな雰囲気となっております」と

あるけど、レトロなフンムキは感じないが・・



あまりに人が多かったので
奥へ奥へと進み、入れそうなお店な無いか?と。

お蕎麦やさんは満員になっている。
空いているお店はラーメン屋さんだった。

ラーメン店内

今日は暑い。気温33度はある。
冷たいラーメンを食べることにして入った。


冷やし中華は無かったので
「つけ麺」の米粉入を注文し
美味しく頂いた。

つけ汁は、ぬるかったので
お蔭で汗をかかずに済んで良かった。

腹ごしらえが済んだら
お店で買い物。


色んなお店が多いのは
新幹線が止まる駅だしね。
まるでここは別世界のようにも感じる。

駅構内

ラーメン店を出てみると、いつの間のか
あんなにいた人がいなくなっている。
まるでガランドのようだ。


こうなると楽に買い物が出来るが
チョット寂しい。


「まあちゃん」と待ち合わせ場所(お神輿があるところ)
に決めてそれぞれ買い物や冷やかしに走る。

良い物探しのお買い物

ここは酒処なので酒屋が多い。
「利き酒500円」で幾らでも飲めちゃう。



入口で酔っ払いのおにいさんが

「酒瓶を枕に寝ちゃってるよ~」

向こうを向いて「ゲ~ゲ~」してる人もいるよ。

でも近くへ来て、よく見れば、人形だった。

酔っ払い人形


実質、飲み放題500円なので
飲みすぎを戒めているのでしょう。


ここはどんなものにも味見が出来るので
味見だけに奔走している若い男女がいた。


味見できっとお腹いっぱいになってしまうよ。


ここでは僕は海苔巻きせんべいを買い、
まあちゃんは他のお菓子等を購入した。

まずまずの安さで色々あるよ!
タマにはこういった処での買い物も面白い。




雲洞庵


「CoCoLo 湯沢」を出ると
蒸し暑い熱気が身体を襲う!

急いで車のクーラーをガンガンに効かせます。

湯沢は今回、道調べが第一の目的なので
これで良しとします。
秋になったら又来たい所です。

車は湯沢を離れ、そのまま行くと
国道へ出た。

方向感覚がおかしくなってしまったようで、

国道17号線

「どっちへ進んでいるのかワカランヨ」

車を止めて、ナビを
次の目的地にセットする。


やはり反対方向を進んでいたようで
「ヨカッタ・ヨカッタ」

車は南魚沼市の「雲洞庵」へ向かいます。

「雲洞庵」は古いお寺のようで、
写真によると窓が多く、変わった建物に見える。

国道17号線を戻る方向に走り
ナビでは15分ほどで到着予定と出ている。

いつの間にか右に曲がり
大沢山方向とはどんどん離れ、
右側、金城山方向へと進んでいった。

大沢山方向



気が付くといつの間のやら
田んぼの中!


緑の稲が美しく辺りを染めている。
青い空と白い雲。
「気持ちヨカ~」


と、走って行くともう山の麓付近で
「雲洞庵」の看板があちこちに出てきた。


「分かり易くていいね~」


更に行くと、とうとう駐車場に到着しました。


「ト~チャ~ク!!」

やって来ました「雲洞庵」。


車を一番奥の木立の日影へ止めた。
日影にいるだけでかなり涼しく感じる。


駐車場から、戻る方向に受け付け小屋が有り、
強烈な日差しの、暑い中をトボトボと歩いた。

一人300円を払い、左へと入りました。

黒門


そして「黒門」を通ります。

上を見上げると、かなり古いお寺だと
直ぐに分かります。


門を通過して振り向くと
左に「越後一の寺」
右に「曹洞宗 雲洞庵」の看板が有る。


そうなんです!
ここは「越後一の寺」なのは間違いありません。

黒門



確かに黒っぽい門だが
屋根は近代の作りだった。


と、いうより、「去年、作ったんよ!」
と言えそうなほど新しかった。


だけど木組みはお寺独特の雲文様作りの梁が
黒く塗られている。


この門は通用門という感じで
簡素な作りになっている。

入って振り向いたところ

「後ろから見るほうが
重みが有っていいね!」


さて、黒門を通過して右手に振り向けば
こんどは「赤門」がある。


この赤門はさすがに歴史を感じさせる。


赤門右側

5段ほどの石段を登ると、
左右には「大わらじ」が吊り下がり
盗賊などを怖がらせる。


つまり、ココには、こんな大きな人がいて
悪い奴らをひねり潰してしまうよ~と
言っているのである。


盗賊も「こんな大きな奴にはかなわんワイ!」

と、言って逃げ帰る。


左の仁王様

そして、左右には仁王様が「すっくと立ち上がり」、
入るひとに、睨みを訊かせている。



保護の為か、身体にはベンガラが塗られていて
赤鬼を感じさせる。


左側の仁王様。
その右手には密教法具の一種である
「三鈷杵」がキラリと光ります。


鈷杵とは両端にある爪状の部分の数 により、
独鈷杵・三鈷杵・五鈷杵と呼ばれています。

右の仁王様

爪状の部分を鈷(こ)といい、
銛(もり )から変化したものといわれ、
悟りをさまたげるものを払うを意味がある。


いわゆる佛様の武器のようなものと
思えばいいでしょう!


そして右の仁王様。
その左手には5鈷杵?のような物を掲げ
今にも突き刺しそうな凄みを訊かせている。


「コワイヨ~」などと言って
子供なら泣いてしまいそうなほど!

赤門

やがて御門を通ると
本堂に至る参道がある。


左右には杉木立が林のように
涼しげに真っすぐに立ち並らんでいる。
見事と云うしかない。


明らかに、ここの参道は気持ち良い。


参道の中心は石畳が敷かれているが
左右は砂利道になっている。

参道



僕達は右側の砂利道を歩く。


「中央部は神様・佛様のお通りになる所なので
歩かないようにしないと」と


思って見てみると「まあちゃん」が中央を
歩いていた。


これにはビックラしたが・・

杉木立



やがて、気が付いたらしく
右側へ移動。



木が多い為か、かなり涼しい!


やがて左手の奥に見たことが無いような形の建物があった。
どうやら仏舎利塔と思われる。


参道すぐ左横には古い「鐘突き堂」がある。
立札には「鐘楼」と書かれていて
元禄4年に建立され、この庵で一番古い建物とある。

鐘楼



本堂などは再建されているであろう。


「鐘は大東亜戦争で供出され、不明で
昭和33年に45世、石龍和尚の尽力により作られ、


昭和34年春、高松の宮殿下より
お鐘はじめをしていただきました」とある。

さて、この参道、昔から越後の国では

「雲洞庵の土踏んだか」 といわれ

篤く信仰されてきた。


関東管領、上杉家の菩提寺として開創され
戦国時代では曹洞禅の厳しい道場として知られ
多数の修行信者が来集したことによる。

雲洞庵本堂

参道の下に法華経が一字一石にしるし埋められ
お詣りした善男善女がそのありがたさに随喜して
このように云い伝えられたともいわれている。

戦国武将「上杉景勝公」と小姓の「直江兼続公」は
子供の時、「13世通天存達和尚」によって
ココ「雲洞庵」にて教育された。


当時は「上の庄」と言われていたようだ。


本堂は永享元年(1429年)上杉憲実公により
創建され、宝永4年(1707年)甘4世により再建。

長生きの水、説明書き

間口14間、奥行十間半である。


新潟県出雲崎の棟梁小黒甚内の大工群により
建てられたとある。


縄文時代より続く
日本海建築文化の到達点ひとつ、


近世寺院建築として県の文化財に
指定されている。


本釈迦牟尼仏、脇侍迦葉尊者・阿南尊者、
十六羅漢を安置する典型的な禅寺の様式。

長生きの水




本堂に入り、小階段を数歩上がると
正面にお水が湧き出ている処あり。


昔より「長生きの水」と称えられているほど
ありがた~いお水なのだ。


なので、早速、コップで一杯頂いた。
「冷たくて美味しい!」


生気がよみがえりそうで
アッという間に元気になった
ような気がする。

魚板



「おいしゅう御座いました」


そして右上を見ると凄いものがある。
長さ2mはあろう巨大な「人面魚」に驚かされる。



正しくは「神面魚」のようで
禅寺などでこれをつるし,時刻や

諸事の報知にたたいて鳴らすもので
魚鼓(ぎよく)ともいうらしい。

魚板

魚が目 をつぶらないことから
居眠り禁止の意味を持たせたという。


ここに吊る下がっているのは
魚とはいえ、その顔の迫力は尋常ではない。
誰でも「ギョ・ギョ」となってしまう!


ギョバンはすでに魚などでは無く、
神魚となっているようだ!

画像の説明



これを彫ったのは石川雲蝶か?
只者ではない!



よく見れば中央辺りに丸く平なところが有り
ここを木槌などで


「ゴン」とか「ガン・ガン」とか叩いて
時や諸事を知らせるのだろう。


深夜になればこの広い大回廊の空間を
悠々と泳いでいるような錯覚を覚える程に
生命力に溢れている。


万福寺の魚板も、大きくて迫力があるが
玉をくわえている単なる魚板になってしまう。

回廊上

以前、NHKで石川雲蝶のテレビを
見たことがあるが、その時は


「日本のミケランジェロ」、
「越後のミケランジェロ」とか
紹介していたように思ったが・・・


そんなもんでは無い!


「左じんごろう」を超えるのは
もちろんである?が、


ギリシャ彫刻のミロのビーナスなど
蹴散らしているほど素晴らしい!

雲洞庵本堂

ミケランジェロのミケちゃんとは
格が違う。


ミケ猫ちゃんと一緒じゃ
あまりにもかわいそうだ。


「シゾーカのじんちゃん作品を越えているのも
間違いないの~」


じょんのびアンに吊り下がっている
煙で真っ黒になった囲炉裏の魚も
今はマッツァオ!

雲蝶作品



で、石川雲蝶は透かし彫りが得意であるが
その作風は彫りが深く立体的なのが特徴である。



石川雲蝶は1814年(文化11年)
江戸の雑司ヶ谷で生まれた。


若くして江戸彫石川流の
彫物師として名を挙げ、苗字帯刀を許されたほど。


二十代で幕府御用勤めになり、
「石川安兵衛源雲蝶」を名乗った。

画像の説明

江戸での製作記録は確認出来ていない。


三条の法華宗総本山本成寺の修築のため、
檀家総代の金物商 内山又蔵の招きに応じて、
三国峠を熊谷の源太郎と越え、越後の国に入る。


やがて当時から鑿(のみ)などの
金物の町として知られた三条へ婿養子に入り、
酒井姓となった。

越後国では、永林寺の欄間などの彫刻群や
「越後日光」と言われる西福寺開山堂(現魚沼市)、

窓からの庭

秋葉神社奥の院(現長岡市)、
瑞祥庵金剛力士像(湯沢町)など、
多くの彫刻を各地に残した。


後に三条に戻り、
1883年(明治16年)70歳で死去した。


墓は三条市本成寺にある。
作品は越後に千点近く残る。


弟子に北村久助、川村徳治という者がいたという。


石川雲蝶には「酒好き」
「興が乗らなければ鑿を握らなかった」等

画像の説明



様々な人物像が語られているが、
写真や記録等のはっきりとした資料は無い。


その彫刻の多くは色鮮やかで彫りが深く、
何層にも彫り重ねられた精巧さと
大胆な構図が特徴であり、


それらの作品からは多識で
真面目な人柄がうかがえる。


2011年(平成23年)9月17日、
西福寺(魚沼市)境内に
「石川雲蝶 顕彰の像」が建立された。

雲洞庵の池

この銅像は、檀家の人達の
「石川雲蝶の作品(宝)を後世に譲り伝え、
その功績を称えたい」との声から始まったもので、


それに賛同した松田毅氏(南魚沼市出身/東京在住)が、
石川雲蝶の末裔(酒井家/東京在住)探しから


銅像制作・監修・設置までをトータルプロデュースし、
末裔(酒井家)・地域住民・魚沼市・

供養堂

魚沼観光協会・銅像制作会社・檀家・西福寺、
と様々な人達の協力を得て完成したものである。


2014年(平成26年)は石川雲蝶生誕200年となる。


雲蝶はお金は取らず、食事だけは頂いて
寺に泊まり込んで作品作りに没頭した。

新潟県六日町市のお寺には雲蝶の作品が多く
雲蝶作品見学ツアーも行われている。

釈迦如来

供養堂の左右には
この地に由緒ある沢山の人達の
ご法名が並んでいます。

通路に沿って進んで行くと
「下馬」の看板が目に入る。


下馬とは、
馬から下りることを意味します。


貴人の門前、あるいは社寺の境内などで、
敬意を表して馬から下りることを下馬といいます。


下馬落(げばおとし)、下乗という表現も見られます。

下馬



「下馬評」という言葉を今でもよく使います。


下馬評とは、
下馬札の立ててある下馬先(げばさき)に於いて、


主人の帰りを待つお供の者達がし合う
評判のことを意味するという。



普通、石などに彫られている下馬はよく目にするが
おそらく、この地へ建てられていた
看板なのでしょう!

梁支え
画像の説明











帰りの通路では「おみくじ」や
お守りなどが売られていたので


「おみくじ」を買うことに。


ザルのような入れ物に小さな
白い達磨や、赤い達磨さんが
山のように積まれている。

境内の植物



おみくじなのに何故か達磨さんとは
スゴイ!


達磨さんは木で作られていて
中に「おみくじ」が入っているようだ。



お姉さんにおみくじ代350円を支払うと
好きなものをお取りくださいといわれたので
白い達磨さんを取ってしまった。

帰り参道

でも、「もったいなくて
こんな所では開けられないヨ」


大事に家へ持って帰ることにする。


帰り道は別の道で気持ち狭くなっている。
この参道を抜けるとまたしても
灼熱の世界が待っていた。


駐車場まで戻ると横にお店があった。


大きな杉の木が4本ほど有り
カゲになっていて分からなかった。

お店

「お休み処」の看板ぐらい
掲げればお客が増えるよ!


商品の並べ方もイマイチだし
なんだかな~


「ちょっと見、樽屋に見えてるヨ!」


もうちょっとガンバッテほしいヨ!

実に目立たない店だけど
あまりの暑さ(気温33度)なので
冷たい甘酒を一杯づつ購入。

カブトに愛



気持ち良いおじさんが出てきて
話しかけてくる。


昔は東京にいたそうで
今はここで楽しんでいる。


自分のカブトに兼続の「愛」の文字を乗せ
宣伝しては縁の品々を販売している。


「なかなかやるジャン
その調子でね!」

雲洞庵の出店

少し身体が冷えたところで
おじさんに別れを告げ
雲洞庵をあとにしました。



帰り道は「じょんのびアン」を
ナビにセットしてから帰ります。


田んぼの真ん中を抜けると
国道17号線の塩沢に出た。


塩沢宿はすぐそばだけど
ナビの指示と逆方向へあえて向かいます。

画像の説明



ナビは仕方無く?、追従しだしました。


「こちらは少しお利口になったかな」

「このバヤイ、ナビを頼りきるのも良くないしね」


塩沢石打の例の大沢山トンネルを目指して
行き、マークしておいた信号を右に曲がりました。


大沢温泉を左手に見てからやがて
大沢山トンネルに入りました。

じょんのび庵

15分ほどで十日町へ到着し
スーパーで買い物をし、
「じょんのびアン」へと無事に帰りました。





早速、雲洞庵で購入した「達磨さんのおみくじ」を
引いてみることに。


今まで大事に持って帰ってきたので
そわそわするね。


そういえば、ここには達磨さんのものが
多いよ。

達磨さんのおみくじ



床の間に掛けている軸も達磨さんだし
文机の上にも石彫りの達磨さんだ。


それに神棚にも木彫りの小さな
怖い顔の達磨さんがいらっしゃる。


「ご守護」の袋から達磨さんを取り出す。


買ってきた達磨さんは
木で作られていて、その顔は
手書きで丁寧に出来ている。

「ス・素晴らしい」

机の上に置いた達磨さんの下からは
赤い紐が出てるので、この紐を
引く仕掛けのようだ。


「サ・サ いきますよ!」

「ようござんすか?」


「ようござんすね!」

「長と出るか? 半と出るか?」


「・・・」

「違うでしょ ・ ちがうでしょ!」

バクチやってんじゃないんだからね



仕切りなおしていきますよ。

「ようござんすか?」


「ようござんすね!」

「吉と出るか?、凶と出るか?」


運命の赤い糸が引かれました。


すると・・・


「ポ~ン」 と達磨大師様の身体から
運命の巻物が出現した。


「うまい仕掛けだの~」

アイデアが素晴らしいね。
雲洞庵のお姉さんの顔が目に浮かびます。

達磨さんのおみくじ

小さな巻物が「おみくじ」になっていて
表には「おみくじ」の文字が見えた!

少しづつ、少しづつ 広げていった。

「出た~」


「ダ・ダ・ダイキチだ~」

やあやあ

遠からん者は音にも聞け、
近くば寄って目にも見よ!

大吉様でござんすヨ!

おめでとうございまする!


え~と 「待ち人、待ち人!」

「おそくなりますが来るでしょう!」とある。

雲洞庵おみくじ

「ヨカッタ~」

大事に持ってきた甲斐があった~。

幸せだな~。







    雲洞庵(うんとうあん)



     新潟県南魚沼市雲洞660

     tel  025-782-0520









今月もご覧いただき、ありがとうございました。

メニューの「古民家ぐらし4」をご覧ください。
9月へとつづきます。








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