ようこそ、じょんのび庵ZENへ。

古民家ぐらし5



新東名・沼津SA



2014年 10月


10月中旬、新潟へ出発!
今回が今年最後の新潟の旅となるかも知れない。


新東名・新靜岡ICからわずか30分ほどで
沼津SAまで来てしまった。


東名と違い、ルートが山の中なので
かなり早く沼津まで来られるのが嬉しい。


今まで沼津SAは、来た事が無かったので
ここで休むことにして、朝食にしました。

女性トイレ

今頃沼津とは随分遅れているけど
ここは人気で込むらしいからね。

上に上がると駿河湾や、伊豆半島が見える。
中は少し狭い気がするが、建物が
派手なのでホテル風で良い?


トイレに行くと、女性トイレが綺麗で
まーちゃんが騒いでいる。


写真を撮れというので
恐る恐る中へ進む。

女性トイレ



早い時間なので誰も居なかったので
良かった。


なんじゃこれは!
男性トイレとは別もので、広くて綺麗で良かった。
かなり差別的設備で驚いた。


これではトイレに見えない。
「いいじゃんね~」


そのほか、売店でもお洒落なトマトなど
工夫されて売られているので、
まるで欧米のようにも見えるヨ。

トマト色々


「センスいいね!」
野菜や魚関係もあるのはさすがに沼津です。


車へ戻り、朝食をいただいた。
野菜や、玉子、7イレブンのおにぎりを一つ。


駐車場には靜岡ナンバーの車が多かった。


腹ごしらいも出来たので
これで安心して走れる。

駿河湾と伊豆半島



さあ!新潟へ向かって走らんしょ!
このあと厚木から圏央道へ向かいます。


鮎沢PAで一度休み、厚木から圏央道へ入ります。
すかさず、電光表示盤に渋滞2キロの文字が・・


この先、高尾山ICから八王子間渋滞してるらしい。
こんな早い時間に渋滞とはおかしいが・・


とにかく走るしかないので
慌てず、ゆっくり、迅速に!?


八王子JCT近くなってやはり渋滞していた。
でも左側だけなので僕達はその横を
スイスイ走れた。


今日は日曜日なので恐らく中央道へ出る車が
多いのだろう!


八王子から中央道で山梨・長野方面へ行ける。
その為に渋滞が起きたのでしょう!

画像の説明

結局、僕達は渋滞無しで走り、狭山PAで休んでから
鶴ガ島ICTで関越道へ乗りました。


関越道の、この辺りは車が多いので
ゆっくり走行になってしまう。


やがて、走るほどに車は少なくなり
あとは順調に走れます。


赤城PAで休み、
とうとう湯沢まで来ました。

108円牛乳モナカ

湯沢ICで高速を降り、
看板に「湯沢フィッシングパーク」とあるので
戻る方向だけど、行って見ることにします。


5分程走り到着してみたら、
綺麗な清流が流れ、
釣りをする人が10人ほど見えた。


受け付けに行ってみたら
flyは出来ないようだ。

湯沢フィッシングパーク

受け付けのお姉さんが
「ルアーとエサ釣りが出来ます」と
仰り、道具は全て貸してくれるらしい。


竿、魚入れを貸してくれて
2400円。餌イクラ400円、
ぶどう虫700円とある。


ここは山あいの比較的狭いエリアなので
バックスペースを必要とするFLY釣りは無理なのだ。

湯沢フィッシングパーク

川の水量は多くはないが
どこまでも澄んで透明に見える。


だけど魚影は全く見えないので
意外に釣れないかも知れない。


たとえ沢山見えていたとしても
見える魚は釣れてくれないので
かえって面白いかも知れません。

時計を見たら12時近かったので
車内でお昼ごはんにしました。


綺麗な清流を見ながら食事は
なんとも云えず気持ち良い。

湯川



木々は未だ紅葉には少し早いけど
緑色も綺麗だし風も爽やか。


時間があれば、いつかここで
釣りしたい。


このあと塩沢石打まで走り、
酒屋の近くを左に曲がり
十日町へと向かいます。

大沢トンネルまでは急な登りで
トンネルを抜けると十日町まで
下りになるのでスイスイ行けます。

横には開けた小川が流れ、その向こうは
田んぼがあるけど、未だ稲狩りが
済んでないところが多い。


道路は割りと狭いので
注意しながら進みます。

画像の説明

15分ほど走ると、十日町に入りました。

何時ものようにスパー・Harashinで買い物。
僕はコメリで万能ナイフを購入。


木や鉄、ブロック、レンガなど
何でも切れると書いてある。


フォールディング式になっていて
刃はダイヤモンドみたいな感じで
ザラザラしている。

刃の長さは15cmほどで
割と小さめでした。


新製品なので試しに一つ買ってみました。
980円は何に生かせるのか?
思案のしどころです。


2時頃には「じょんのびアン」到着。
天気も良いので、まず布団を干すため
脚立をふたつ出しました。


それに布団を引っ掛けて干します。
少しでも日に当てると暖かく寝れます。


この季節、まだそんなには寒くはないが
シャワーの温水器の電気は入れません。


シャワーは止め、温泉にして
2日に一回、入る予定です。

じょんのび庵の畑



じょんのびアンの畑を見ると、
「里いも」の葉が大きく育ち、
「さつまいも」も元気に育っていました。


さすがにこの辺りは稲狩りが終わり、
田んぼは寂しい。


今回は、今年、最後の新潟となるので
色々とやらなければならないことも有り、
忙しくなりそう。

じょんのび庵の畑



先月、玄関左の土間に有った火鉢3つと
振るいなどを片付けたので
更に進化させる予定です。


なにしろ土間は狭いというより
無いに等しいので
下に物を置くのはやめて、


火鉢は外の軒下に置いたりして
外で見て楽しめるようにしました。

じょんのび庵の畑

土間の上を良く見ると
「なんだかな~」という感じで
古いベニヤ板や、土壁のゴミなどがチラッと見える。


これも10年ぶりに綺麗にして
あげる予定です。


目指すは究極の茶室?
たたみ1畳ほどのスペースで?

とにかく、予定は流動的ですが、
がんばらニャ~とイカンです。



戸板

翌日、部落のゴロベーさんに電話すると
「家の中を整理するので欲しいものがあったら
あげるので見に来てくれ」という。



善は急げで、朝から早速、行ってきました。
スコップと釘や板戸1枚を頂いてきました。


実はトイレの板戸の半分が湿気の為か
剥がれて来て、ボロボロになっていた。


頂いた戸板は下の戸車がさびて動かなかったので
ステンレスの車輪に交換し、取っ手を付けた。

ステンレスの車輪に交換しました



板のところはベニアではなく杉板を使っているが
まっ白くなっていたので塗装することに・・


全部を黒くすると、面白みが無いので
枠は塗装しないで、板のみを黒く塗装します。
もちろん両面を塗ります。


塗装は、簡単・長持ち・安いの墨汁で塗ってみたら
木目がそれらしく出ていて、良かった。


木枠とのコントラストも、いい感じで出ているので
とても締まって見える。

戸板

墨汁が乾けば、良くなるし、木の保護にも良い。


昔の木簡などが出土したのを見ると、
木は、たいがい腐っているが
墨跡のところはだけは木が腐っていなかった。


なので恐らく長持ちするはずです。
墨は木の色々な成分がふんだんに含まれている。


煙が集合したものなのでね。


車輪も新しくなり、取っ手も付いた。


早速トイレの戸に入れてみると
高さもピッタリで動きもスムースそのもの!

トイレの戸

「ん~ん!いい感じだね」

前のものよりガラス部分が大きいので

「子供の頃の懐かしい雰囲気がよみがえるヨ」

「最高!~」

おや?

「上のガラスが透明だ~」

下の2枚が擦りガラスなので問題ないね。


「ま~いいね! ヨシとします」

と。いう訳で「イッチョあがり~」


どんどんいきますよ~。



家周りをチェックしてみると
雪囲いの板の端が折れているのが数枚ある。


板が短く両端を木で継いであったのだが
長い間にとうとう割れてしまったようで


この際、ここの場所の板を交換することにしました。
ムサシへ行ってまとめて購入しました。


長さを測って行き、
ムサシでまとめて切ってもらいました。

雪囲い板を交換しました



1カット40円で済んでしまいましたが
10枚セットで売られていて4800円程。
結局プラス1枚の11枚を購入。


安くはないけど雪囲いも大切だし
もう替えなくて良くなった。



木は乾燥していないので
来年、コールタールで防水処理する予定です。

これで2丁あがり!

家周りの片付け

天気は快晴だし、家周りの草や、木を整理し
綺麗にしないといけません。


転がっていた杉枝や太い雑草などを
ま~ちゃんが切り、僕は少し傷んだ壁に
コールタールを塗ります。


ついでに玄関周りの雪囲い用柱や木々に
コールタールを塗って保護することにします。


やたら黒くなるけど、どうなのかな~?
チョット気になるけど、この際だから
ついでに塗ってしまいます。

玄関前にも・・



玄関左奥からコールタールの四角缶を持ち出し
壁から塗り始めました。


随分と塗ったようで、缶の中は
残り少なかったが間に合いそうです。


田舎ぐらしには必需品かも知れません。


この季節、蚊は少いけど、塗るには
チカラが必要で時々塗る手を変えては
塗っていきました。


壁を見ると、上は以前に塗ったところは
艶が有り、下へ行くほどに塗料が
取れてしまっていたので、上部分はぬらず
他を塗りました。

こんな感じに・・



以前はパラパラだった壁(紙を圧縮したもの)も
艶がでて、丈夫になったようです。


玄関前の雪囲いなども塗ったら、
今まで白っちゃけた柱や板が黒くなり
とても締まり良くなりました。


ということにしておきます。


「まーちゃん」も、「しまったね」と言ってくれたし
「めでたし・めでたし」 


これで「3丁あがり~」

画像の説明




畑側に土封じの為に、以前ゴムの板を立てて
後ろから太い杭を打っておいたのだが
雪の重さで杭が折れているのが数本あった。


そこへ、新しい杭を打ちはじたところ
大ハンマーの柄が杭に当り、ハンマーの柄が
「ポッキリ」といってしまいました。


重いハンマーの先が畑の下へとゴロゴロと
転がっていった。


「やってもうた~」

新しい柄が付いたハンマー

「素人はこれだからイヤヤ」

自分がやった事だから文句言えないヨ。

コメリへ行って、柄だけ購入しました。


ついでだからね
「1句いくよ!」


「ハンマーの柄が折れ
買った1000円ポッキリ」


65点? ぐらいか?


1000円とは安くないね。


買ったはいいが立派な柄だったので
はめ込みが「た~いへん」でした。


材は、硬いカシの木、先端を削ってけずって
10000回?

「疲れる~」



ようやくはめ込み成功!

大ハンマー



クサビを打つように書いてある。
ネジを打ち込みOKにする。


だけど、柄が新しくなると
ハンマーがひどくみすぼらしいヨ。


フリ―マ―ケットで大枚
500円で買っただけのことはある。


この際だから塗装します。
でも、その前にサビを落としてからね。


ドリルで鉄サビを落とします。
ようやく出番が来て、金属ブラシさんも
喜んでいるかのよう。

ドリルでサビ落とし



グルグルまわる。回れよまわれ、金属ブラシ
サビ取れシュッシュ! グワン・グワン!


因みに日立インパクトドライバーも
初めての出番でチョット緊張気味ですが
頑張ると言っている。


このような使い方は感心しません。
良い子はこのようにやりませんが
悪いオジサンなので、しょうがないです。


本来、インパクトドライバーでは無く、
ココはドライバードリルを使うべきですが、


急な事なので用意してなかった・・・
なので特別ですが、インパクト登場!


親愛なる日立のパワフルレッド・インパクトにより
なんとかサビも落ち、準備が整いました。

サビ取りシュッシュ



途中、「ガチャガチャ」と悲鳴音がしましたが
正常範囲なので問題ありません。


ただ酷使してるのは間違いない。


でも、よう頑張りました。
ありがとうパワフルレッド!
愛してるよ! [heart]


このあとは?

そうです。

サビどめです。

サビ止め塗料



サビ止めを塗って、乾いたら
あかねちゃん塗料を塗るんです。


正直、サビ止め塗料の色は
綺麗とは言えないので
この上へと、茜色塗料を重ね塗りします。


でも乾燥が遅いので、おひさまを追いかけ
移動しながらやっとサビ止めが乾きました。


あかねちゃんは赤ですが
ちょっと普通の赤とは違う色で
イチゴのようなカワイイ色です。

あかね色に塗った大ハンマー

丁寧に少しづつ塗りました。


こんなんで、いつの間にやら
新品のハンマーのように生まれ変わりました。


柄が丈夫なものになったので、
今度は折れることなく
これからも活躍してくれるでしょう。


あかねちゃんハンマーを
注意しながら大切に使わせてもらいます。

大ハンマー



因みに今回、サビ落としに使った
日立工機のインパクトドライバーは


1ヶ月間、検討に検討を重ねて
昨日、ムサシで購入したものです。


マキタと日立が候補だったが
マキタも良いものを出しているし


技術的にも進んでいてデザインも
素晴らしい。


だけど、以前、購入して失敗したものが
あったりで、随分悩んだけど
使い易さで日立をチョイスしました。

Hitachiインパクト

ムサシでも担当者に色々聞いて
18Vと14.4Vと迷いましたが


18Vはバッテリーが大きくなるので
長時間使用するプロ用に向いている。


なので14,4V、3Aで充分と分かり
パワフルレッドにおさまりました。

ふところにはコタエましたが
思い切って清水の舞台から飛び降り・・
た、つもりで購入しました。



機能的には
ブラシレスモーター採用しているので
精度と強度が格段に向上したのに
ビックラするほど小さくなってコンパクト。


「コリャー 扱い易いの~」

その上、高耐久で長寿命!
延命処置なしで! 
つまりメンテナンスフリーってことヨ。

日立独自の電子制御技術で木ネジ締め
スピードが飛躍的アップップ。

さらに、防塵、防滴で樹脂フルコーティング
粉塵や水の進入に強いでの。

愛機パワフルレッド

パワーが4段階に切り替えられるので
目的に応じて切り替えることが出来てタマランバイ。

スイッチを引くと、暗い所でもLEDランプが
明るく点灯するので、転倒しないで済む?

「オットット」

バッテリーはリチウムイオンで強力でゴワス。

3アンペアのバッテリー2つ付いているし
充電器もブザーや詳細なランプ色で
教えてくれるんや。

人間と道具が一体となり働いてくれる
素晴らしいものに変貌していたんヨ。


その名は?

Hitachi WH14DDL!! でござる。

「パチパチ!!」

パワフルレッド色とあるが
優しいピンク色でお気に入りニャン。


このあと、本体のみの
アクティブ・イエローをプラスする予定です。
これで完璧?

僕にとっては夢のような
電池式インパクトドライバーと
なったのでした。

画像の説明

アリガトね。パワフルレッド!!
今回もこれから活躍してもらいますけん
よろしくお願いします。







翌日、雨の中、「けやきの里」へ
けやき板を買いに行きました。


色んな形のを適当に揃えたら
4600円も使ってしまいました。

恐らく、靜岡のジャンボエンチョーなら
軽く1万円は越えているはずです。

とても安くて良いものが「これでもか!」と
いうくらい揃っていて、いつまでも
ここで見ていたいほどです。

購入した板や、切り株などを
雨のなか、ご主人が僕達の車まで
運んでくれました。


丁度、その時、「けやきの里」の
奥さんが買い物から帰り、
「おまえも運べ!」と一声!


奥さんまでも駆り出され
手伝ってくれるとは・・


お陰で、雨の中、とても助かりました。


滅多にお客が来ないらしく
こんなに買った客?は久しぶりなのかも知れません。


ご主人は、こわもての、かなり怖そうな
人でしたが、意外な優しさに
心が打たれました。

購入したケヤキ板や切り株など



「おじさん」ありがとうございます。

そのあと、ユニクロや、ハラシンスーパーで
買い物して帰りました。

結局、この日は、夜中まで一日中、
雨が降り続きました。








物置場の整理


玄関右の物置場



取りあえず照明も付けてあるのですが
もう少しフンムキ良くして、茶室風?にします。


照明に手を加えて、ひょうたんを付けるように
工夫するため、薄い板(アガチス材)で
ひょうたんの形を切り抜きます。


だいたいの大きさを決めて、ひょうたんの絵を
紙に書いてから切り抜きました。

切り抜いた紙を木にあてがい、なぞります
画像の説明













切り抜いたひょうたんの紙を木へあてがい
ペンでなぞり、木へ形を移します。

木を切り抜き、板を黒塗装

そのあとは、ジグソーで切り抜きます。


少し形を整えてから黒く塗装します。


塗料は水性つや消し塗料を使い
真っ黒くぬりました。


ひょうたんのカタチを、灯りで白く抜くためです。


ひょうたんを切り抜いたら
照明に当て、数箇所を釘で止めました。

板を取り付けます

この四角の照明は「ふるい」に
和紙とLED電球を入れたもので
網が見えてますが、それが良いのでゴワス。


て、云うか、「僕の趣味に合ってるでの~」


ひょうたんの形ですが、大広間にあるものは
斜めに傾いていますが、今回、あえて
真っ直ぐにデザインしてみました。


茶室をイメージしているのでね。

ピシッとしてしていて気持ちよいです。
ホントかな?


こんな感じになりました。

画像の説明



照明が、それっぽくなったので
この際、少し片付け、フンムキに合わない物などを
外して、見栄えを良くします。


藁で編んだ紐や、カンジキなども取り外し
別の部屋(道具部屋)へ運んで整理する予定です。


さて、これからが大変。
で、どうするんか?
と悩んでいられないので


取りあえず、昨日購入したケヤキ板を
思い出し、棚を作ることに・・



寸法を測り、ピッタリなように
切り、止めるのは下からL金具で
2箇所止めます。


探して見ると、丈夫な、厚さが6mmもある
ピッタシの金具が出て来ました。


以前、友達に頂いたものが
ひと箱20個も出てきたではありませんか!


「ついてる~」


「これなら丈夫だ~」


と、喜び勇んでネジで取り付けました。

ケヤキの棚



もちろん、あの親愛なる「パワフルレッド」さんが
大活躍です。

「ギューン・ ギューン!」

「イー音でゴワス」

L金具取り付け完了いたしました!


でも棚を動かすとチョットグラグラしたので
手前左に目立たない厚さが薄いL金具で止め、
右側は竹を下から伸ばして固定しました。

またしても
「ギューン・ ギューン!」

竹は一応割れないように穴を開けてから
ネジで止めました。


棚を動かしてみたが、もうビクともしません。

「ヤッター」

フンムキ合ってるような気がします。

「お~いいね!」

棚に花など

「ケヤキの棚が付いたら一段と
それっぽくなったし、イケてるよ」

「竹は自然のものだし、ピッタシ合うね」


と、言う具合に進みましたが
木のつなぎ目を見ると
隙間があったりで「カッコワル~」


なので、そんな隙間にも竹を
取り付けるはめになり、
竹は残り1本になってしもうた。

取りあえず照明も

で、あとは、先程のL金具が金属光りしているので
ここは黒の艶なし塗料で見えないようにしました。


早速、花と香合などを置いて見たら
イマイチだったので、上からLEDライトで
スポットライト風に灯りを当てると


ピッタシ・カンカンではありませんか?


「意外にイケルね」

「パンダ・ランラン
僕・ルンルン」

画像の説明

そして、棚よりずっと下のところも
土壁などの汚いところをケヤキ板の幅広で
グッと押さえで取り付けました。


このあと、上を見ると

「アチャ~」「キッタネ~」



白い梁や汚いベニヤ板が剥き出しになっている。


「今度はこれを何とかせねば!」



と、いう訳で
白い梁を黒く塗装し、

ベニヤ板は白で塗装しようかと一瞬思いましたが
「やれた」感じを出すためには和紙かな?と。


ベニヤはしっかり付いていたので、
その上に和紙を貼ることに・・

画像の説明

糊は障子紙用の糊がひと袋あったり、
和紙も数年前に師匠に連れて行ってもらった
高柳の和紙漉きのお店で買っておいたものが
丁度あった。

それが、そのまま使えて
役にたつなんて、ついてる。

糊はもちろんホルマリン・ゼロの
環境に良い自然糊です。

糊の説明書きには水を足して使うとある。

その糊で和紙を貼ってみたら下のベニヤの茶色が
そのまんま出てしまい、
白っぽい和紙が黄色っぽくなってしもた。

3枚1000円もした和紙なのに
割と薄っぺらな和紙なのが災いしたようだが・・


なんせ、茶室をイメージしているのでね
綺麗過ぎはいけません。いけませんヨ!

なので、「ま~こんなとこでしょう!」

上は竹、下側は丸棒

ここはむりやり 「ナットク」しちゃいます。


梁と和紙の壁との間には
最後の残りの竹を取り付けて


下側は丸い棒(丸棒)があったので
それを取り付け壁の処理は完了しました。

これなら上を覗かれても
一応それっぽくなったので
恥ずかしくないかも。


茶室を作ったタケダさんには
バレバレですが・・
上を見させないようにするつもりです。

あとは、床柱を取り付けたいところですが
丁度良いものが見つからないので
時間を掛けて来年、探すつもりです。

やはり、皮が付いた自然木のものが
良いと思うので、山でも行って探さんとないかも?

画像の説明

ここには太い柱は合わないので
太くても10cmぐらいのものでないと
バランスがとれない。


今回はこれ以上は作業出来ないので
来年の楽しみにとって置きます。




夕方、突然蛙が鳴き出しました。
先月もいて、下の土間にいるのをみつけたら
玄関戸のガラスを一目散に登って行ったのに


今月は大きく成長しているためか
ピョン・ピョンはねるだけだった。

大きさは5~6cmとやや大きめ。


あきらかにアマガエルとは違い
心なし口が尖っていて赤っぽい色。


蛙が鳴くと雨になる?


天気が晴れてるのに「グァ・グァ・グァ・グァ」
「そんな分けないだろ」と思っていたが・・

赤がえる

コイツが鳴くと100%の確率で
雨が降ってしまう。

不思議な蛙ちゃん。
いつも家の中で暮らしている「赤がえる」でした。




今日も朝から雨が降っている。
カエルも喜んでいるはず。





翌日、朝からソフトバンクへ出かけていった。
こちら新潟へ来る前、購入した「iphone 6 PLUS」の
メールが開けない。

このiphone注文してから約1ヶ月も
待ったのに連絡が無いので
お店へ催促に行ったら、

次の日「来ました~」と電話連絡が入りました。
「不思議iphone」

画像の説明

メールが不調の件で、
靜岡のSoftBankへ電話したら
設定に間違いがあるので、新潟の
お店へ行ってくださいと言われた。

ドンキホーテの中にあるSoftBankの
お姉さんが物凄いスピードで指を動かし、
アッと言う間に正常になった。

お姉さんに感謝・感謝。

iphoneがないと困ってしまうが
コレ本当に助かります。
電話というより、どこでもパソコンだからね!

でもでも、
画面が大きくなった分、見やすくなったけれど
性能的には退化した。

ブルートゥースが正常じゃない!
ほかにも色々不具合、出とります。

今までのiphone 4Sのほうがマトモに動くのに
アップルさん!こんなんでイインカイ?
宜しくたのむで!





ポポ


午後タケダさんに電話してみると
家にいたので「お茶のみに来ませんか?」と言ったら

14時過ぎにやってきて
変わったフルーツを持って来てくださった。
傷がつかないように2段にしてカゴに
入っている。

このフルーツは「タケダ」さんちにある木の実で
名を「ポポ」というらしい。


北米原産で戦後にアメリカ軍が蛋白の補給の為
日本へ持ち込んだものという。

一つの房に3つ成る。
高級食材?
最近NHKで放送されたとかで、珍品か?

ポポの実

大きさは、約10cm弱ぐらいで
日持ちしないので2・3日の内に
食べてくださいと言われた。

その場で包丁で皮を剥き
頂いたが不思議な味だった。

この味は好みが分かれるかもしれないが
バターのようで不思議な甘い味。


美味しい人には美味しいが
特別に美味しいとも思えないが
まずくはない。

でも栄養が豊富なのかも知れません。
タケダさんちに毎年たくさん実るそうで
見ても楽しめる。


木に食べられる「ポポの実」がなるのは
見てて良いものです。

タケダさんは植物博士で
植物の事ならなんでも知っていて
特に野草が専門だ。

じょんのび庵

この日、タケダさんと18時頃まで
おしゃべりしていた。

帰る頃もまだ雨が降っていた。






山古志へ

2004年(平成16年)10月23日午後5時56分、
新潟県中越地方の山間部を最大震度7の激震が襲った。

画像の説明

死者68人、負傷者5000人、
避難住民は10万人以上に上った。


地すべり、斜面の崩壊。
交通網が遮断され、孤立する集落が相次いだ。


ここ山古志村の被害は壊滅的だった。


中越地震から明日で10年。


山古志村では復興のイベントで
賑わい、復興の喜びの顔が多く見られた。

水没した集落

僕たちの車は越後、牛の角突き街道の
山古志村を走っていった。


さらに山を上って行くと、棚田が広がり
日本の原風景がそこにあった。


道を右へ曲がると激震で「水没した集落」の
看板がある。

越中山間地特有の曲がりくねった道を進む。
山道の先々に棚田や基幹産業の1つであるニシキゴイの
養殖池が折り重なるように見え隠れする。

水没した集落の写真

地震の爪痕を感じないまま木籠(こごも)集落へ。
地震の際の土砂崩れで川がせき止められ、
ほとんどの家屋が水没した。


旧集落を見下ろす駐車場から朽ち果てた家屋や、
水没した際に崩れ落ちたらしい屋根が見える。


ここが水没した集落なのだ。

あたりを見渡すとほかにも5~6軒ほどが
当時水没して今ではそのままの無残な姿をとどめている。

災害復興資料館郷見庵

橋の手前では男衆が4人で餅つきをしているのが見えた。
テントも貼られていて、テレビクルーも4~5局来ていた。


ここは当時の写真などを展示している資料館で
1階は地元の農産物や手作り品を展示・販売し、


2階は資料館として被災当時の写真や各種資料を展示している。
「資料館郷見庵」だ。


郷見庵まで歩いて行くと、きな粉餅やあんこ餅が
振舞われ、僕達も美味しく頂いた。

皆に振舞われてるあんこ餅

中で販売していたけんちん汁も
美味しかった。


辛いお味噌がついたおむすびは100円。
買いたい人は、缶へコインを入れる方式で
人手がかからない。

さとみ庵前のおもてなし広場

地震の記憶を後世に伝え、
同時に山古志の魅力を発信する施設は他にもある。


公益社団法人「中越防災安全推進機構」が整備した
「やまこし復興交流館 おらたる」だ。


長岡市山古志支所に隣接する集会施設を改装し、
25年10月にオープンした。


1階は交流室、2階は展示室。
地震による被害状況や救助活動の様子、
住民の声、仮設住宅の暮らしなどを写真や
パネルで紹介している。

さとみ庵1階



 おらたるには公益財団法人
「山の暮らし再生機構」
長岡地域復興支援センターの支援員4人が常駐し、
住民の活動を支えているという。


震災からの復興は帰還から集落の再生を経て、
現在は地域全体の再興の段階だ。


古くからの地域資源である棚田、
ニシキゴイ、伝統の闘牛「牛の角突き」...。

復興イベント

復興支援として米コロラド州から届いたラクダ科の
アルパカの牧場が新たな魅力に加わった。
とても小さい牧場なので見ごたえは無いが・・

間もなく開所1年を迎える「おらたる」には
約3万人が県内外から訪れているという。


復興にはゴールがない。


いつまで(復興という言葉を)使うのか、
という意見もあるが、
実感としては「道半ばだ」といわれている。

画像の説明



しかし、僕達にはそんな感じは無い。


なぜなら、何処を走っても道は綺麗に
直されているし、家も綺麗に建て替えられている。


中越地震から10年、震災記念日の
さとみ庵前ではお昼前の各局テレビ中継が終わり、

おもてなし広場に大勢の人が集い、

復興祈念絵馬

復興の笑顔が溢れ、喜びの言葉を口にしている。
さとみ庵感謝祭も最高潮に達した。


そして、山古志復興祈念、安全祈願の絵馬が全員に配られた。
その絵馬は、力強い闘牛の絵が描かれていた。



僕達もありがたく、その絵馬を頂いた。


声楽家、小松田 茂さん

このあと、花咲き乱れるステージ前では
声楽家、小松田 茂さんによる歌謡プログラムが進行。


まずはこの歌が聞こえてきた!

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「うさぎ追~いし かの山
小鮒つりし~ かの川


夢は今も めぐ~り~て~
忘れが~たき ふるさと~」 ♬


歌を聴く人々

この歌を聴くと、
ほんま古里を思い出し、「泣けてくるの~」


このあとも懐かしい歌が続き


「宴たけなわ」ではございますが、
この辺りで失礼つかまつります。




ここからは下りの道を行くと
商店があり、まあちゃんが入ると言うので
車を止め、入っていきました。

長島商店



中には鯉の為の専門道具などが有って
鯉、養殖道具店ということが分かった。


中にはおばあちゃんが一人いて
「まあ~ようきたの~」と言って
お茶を入れてくれた。


この辺りで、天然ガスが出るので
それを使い、唐辛子の佃煮を作っているらしい。

唐辛子の佃煮

なんでも3日煮詰めるらしいが
鍋には今も火が入っている。


あまりにも親切にしてくれるので
毛糸で作ったタワシを、まあちゃんが購入せざるを
えなくなり、買ってみたら3000円もした。


おばあちゃんは、作った佃煮をビンに詰めて
2つ、くださった。


話が震災に及び、地震の時には道路と
うちの敷地が40cmも段が付いたという。

佃煮造り

「どっちが上がったのか、
どっちが下がったのかわからんがの~」と
おばあちゃんは笑った。


今ではその面影は全くないが・・
この店も震災の時には後ろの川へ落ちて
壊れてしまったと言う。


たまたま人がいない時間だったので
助かったという。


今は建て替えて、綺麗な店になっている。
川向こうにも大きな家があり
震災時は大補修して民宿をやり

おばあちゃん



工事人達の宿泊場となり復興にも
貢献出来たという。


現場に来ると10年経っても
色々な話が聞ける。


おばあちゃんにお礼を言い
僕達は初めての山古志村をあとにしました。





再び村上へ

画像の説明

山古志から帰ったその日の夜
前回、泊まった村上の、別の宿へ電話してみました。

明日から天気が良くなる予報で
またしても村上へ行きたくなりました。

今回は新潟県最北端のまち、
「府屋」まで行く予定です。

適当に村上の宿泊施設「まほろば温泉」に
電話してみると、素泊まりになるが泊まれるという。

食事は出来るのか?と聞いてみると
「すぐ近くにコンビニが2つもありますよ」と
いうので、「まあいいか?」という感じで


一応2名で予約完了。


今日は早く寝て、明日に備えます。


早朝気温11度C

翌日、天気良好。朝の気温11度C


8時半には出発で、ナビに府屋をセットしたら
なんと到着時刻が14時30分ごろと出た。


「おお~これはイカン・イカン」


これでは着くだけで1日がかりになってしまうので
やむなく、高速道路で検索し直すと
到着時刻は12時30分。


これで行くしかない。


4時間近く掛かるとは
新潟県はあまりに広く、目的地は遠い。


「ウヒョ~」と言ってしまった。


何しに行くのか、わからんが・・
最北端の街を見るために泊まりで?


行けばわかるからね。
最北端の街が・・

高速道路

2日目はまた村上へ行く予定。
二人とも、村上がとても気に入ってしまったようだ。


早速、出発進行!


20分後、車は「日本海東北自動車道」へ入る。


あとは休みながら最終インターチェンジの
「朝日まほろばIC」まで・・

荒川



「長岡JCT」を通過し「中条」で料金支払い、
このあとは無料で「まほろばIC」まで行ける。


荒川胎内まで来ると、車はかなり少なくなった。
この辺りの田んぼに何か白い鳥が沢山見える。



鷺かと思い気や大きいので白鳥のようだ。
所々で群れを作り、30羽ほどが田んぼに座っている。

走っているとそんな処が4~5箇所も見えた。
白鳥の池がある所は、荒川胎内あたりだろうか?
そんな記憶が甦る。



まほろば

車はあまり飛ばさないで走ります。
と言うのも、時速100キロぐらいで走ると


ガソリン燃料も節約出来ることが
最近分かったので、焦らずのんびり100キロで!


「まほろばIC」を出た時は12時半頃だった。
取りあえず、国道7号線に出てみた。

田舎の、静かな場所だけど
道は広くて気持ち良い。

画像の説明

「いい道だね」
「7号線は~」


こんな道なら、どこまでも走っていきたい。
ホントは、道というより、景観が素晴らしい!




しかし、わずか1分ほどで、
本日の宿泊場所の
「まほろば温泉」が右手に見えた。


「宿泊場所、確認完了~!」
チェックインは16時からなので
ゆっくり出来る。

画像の説明

というか、何処かで遊んで来ないと
入れません。


そしてココは「道の駅」もあり
早速、車を止めて入った。


中はお客さんが大勢いて、
買い物していた。


観光らしきお客さんもいるようだ。
「サケの酒浸し」というものを買っていた。

道の駅

それを見て僕らも買わナイト
と決め、一つ買ってみた。


今夜の酒のつまみにして
食べてみるつもり。


珍しいものや、燕三条の刃物なども
売られていて「商魂たくましいよ新潟人は」

燕三条の刃物

僕も「あきんど」なので頑張らナイト!


とにかく新潟県は様々な金属道具で有名で
良い物を買うと殆ど新潟県のものだったりする。

精密機械も多いし、車のピストンリングなど
独壇場でもある。

それはさておき、13時をとっくに過ぎている。
道の駅のとなりに食堂があるので
入って食べないと力が抜ける。


早速、入っていった。
この時間なのにすごく混んでいた。

村上牛丼
焼肉定食











まあちゃんが「焼肉定食」を注文し、
僕は「村上牛の牛丼」を頼んだ。


焼肉は肉が柔らかくていいけど
味付けが「しょっぱ~」。とまあちゃん!


想像した通りで田舎は塩が多すぎる。
牛丼は吉野家の3倍の値段なので
3倍美味しいはず!


と、思って食べたら、味は2倍ぐらいしか
美味しいと思わなかった。


「高すぎじゃん」

画像の説明

でも玉子やらサラダ、味噌汁、オシンコも
付いていたので良しとします。


食事が終わり、道の駅の横にある
農産物販売所へ入ってみた。

柿などが超安く売られていたが
買ったのは黄金饅頭を4つ。

古民家

販売所の近くに古民家があるので
なにかな?と気になる。


出るときに、おばさんに聞いてみたら
「土・日」限定で、とろろ定食などが
古民家で食べられるという。


今日は金曜日なので中へ入れないが
周りだけでも見てみたいので
「ぐるっと」一周回ってみたら

意匠の彫り物


綺麗なヘビが古民家の家に
入って行った。

この蛇に守られているみたいだね。
アオダイショウかも知れませんが・・

蛇は縁起がよいので
良い事あると違いまっか?

古民家を守るヘビさん

「それに違いあるまいの~」


「んだ・んだ」


そのあと、すぐ近くの「蚕のまゆ玉」を
使ったお店があったので入ってみました。


まゆをここで色々なカラーで染めていて、
家の前方に浅いカゴで日干ししている。


繭の動物たち
染められた繭玉














日干しされている繭

中に入ると、色々な動物などに
アレンジした物が売られていた。

僕達が見ていたらオバタリアンの群衆が
大挙して入ってきたので
直ぐに出てしまった。


最近、僕は仙人さんに言われていることだが
必要なものは除いて、

まほろばの道を行く

「10年、20年、30年後に
価値が上がらないものは、
買ってはいけない」


この仙人さんの教えを守っている。


腹ごしらえが済んだので、早速、
新潟県最北端の街、「府屋」を目指して走ります。


国道7号線を北へ向かって走っていると
殆ど信号機がないのに気づきます。

府屋に近い海



高いビルもないし、見とうしは抜群で
スイスイ走っていたらいつの間にか


時速90Kになっていたので
急いでスピードダウン。


他の車も同じように走るので
知らない内にスピードアップしてしまいます。


それに、道路も広いし気持ちいい。

空き地へと入り海を撮影

やがて車は山の中に入り、
トンネルも出て来ました。


40分ぐらい走っただろうか?
綺麗な海が現れてきました。


さすがにこの辺りの海は綺麗で
青さが濃い。

粟島「あわしま」

じっくり海を見るため横の空き地に入り
写真を撮った。


正面には島が見えるけど佐渡ガ島ではなく
これが「粟島」か?


粟島の面積は佐渡の100分の1くらいの
大きさだけど、近くにある為か
大きく感じてしまいます。


海沿いには羽越本線の電車が走る。

画像の説明



更に進むと、やがて車は右手に入り
山方向へと進んで行く。


7号線から国道52号線に入ったようで
道なりに走ります。


最北端の家いえが、狭いところに
折り重なるように建っている。


でんねんさんによると
この辺りを山北(さんぽく)というらしい。


正しくは村上市山北となる。

JR府屋駅

道も急に狭くなってしまい
ゆっくり行くと、左手に目的地の
「府屋駅」が現れた。




左へとハンドルを切り、
駅の前に車を止め、外へ出た。


とうとう僕達は新潟県、最北端の駅
東日本JR「府屋駅」に到着した。


北へ向かって行っても
新潟県内には、もう駅は存在しない。


次の駅は、山形県鶴岡市の「鼠が関」となる。


府屋駅の前は何も無く、
田舎の駅という感じで、タクシーが1台だけいて、
お客さんを待っている様子。

取りあえず駅の入り口を入ると
駅長さんが一人ガラスの向こう側にいたので
尋ねてみた。


「昔この辺りで小股宿があったそうですね」

「イヤ~そんなもん、ないぞ~」

「そうですか? 」 「何かで見たことあるけどね」

「ないない!」

「え~・ホントですか~?」


などと話していたら、
タクシーのドライバーさんが来て、

タクシードライバーさん

「郵便局の向こうと違うか?」と
言ってくれた。

「ホレ!あの辺で、家に屋号が掛かっておるで!」

「あれか? なんもないぞ~行っても!」



「とにかく僕達ソコへ行ってみますヨ」

「その辺りの電話番号、教えてくださいまし~」

「ATMは積んどるか?」と駅長さん。

「ATMは無いデス~・コンビニならあるね~?」
「ナビならありますけど?」

「オー・ナビナビ ナビでええ」

「んんじゃ~」
「車ココへ持って来い!」

駅長さんがそうおっしゃるので、
車を駅の真ん前へ移動した。

駅長さんはイエローページを開いて
電話番号を言うので、入れて検索すると
現物が、存在しないらしく検索不能!

タクシードライバーさんが
「あそこの雑貨屋はどうだ?」と

口添えしてくれる。

何度か変更し直し、
ようやく目的地が設定完了!

「ま~とにかく雷の名前の方面だからな」

雷というのは地名らしい


二人にお礼を言うと、

「行っても、な~んもねえぞ~」と駅長さん。

「ま~行くだけ行ってみますよって」

「ホナ・ありがとう」

駅長さんありがとう
タクシードライバさんありがとう。

「最北端」の駅に来たのは良いが
「これからが災難端だぞ~」

「何か悪い予感がするね」

覚悟を決め、イザ・出発!


村上市、山北の田舎

目的地の「小俣宿」までは
ナビの表示では20分近くかかる。


田舎の道をのんびりと走り始めた。


確かに道路標識に雷の文字があり
矢印が書いてあるので判りやすかった。

やがて道は狭くなり始め、
森のような雰囲気のある道に入る。

画像の説明

「雰囲気いいね~」


更に進んで行くと
「日本国」の看板が出てきた。


イスラム国なら知ってるけど
日本国がこんな田舎にあるとは知らなんだ。


トンネルにも「日本国トンネル」とある。


ゲリラが日本にもいるんだろうか?
多分いないでしょうが・・


「不思議だね~」

画像の説明



「何だろう?日本国って」


「ワケがワカランではないか」


「今はそんなこと、どうでもいいが
ゲリラが出ないでくださいよ~」

以前、新潟の柿崎あたりに
オオムが潜んでいたね~。


さらに進むと綺麗なキラキラと光る
小川が流れている。


「小さな吊り橋があるし
怪しくなってきたヨ」


すると道が突然に開けて
民家が見えてきた。

日本国郵便局

見慣れた郵便マークがある。


「日本国郵便局」がこんな所にあるで~。

「え~と! 雑貨屋さんは何処に?」

キョロキョロして見るものの、
いくら走っても視界に入らん。


で、そのあたりで車を止めて
歩いて見たが結局、雑貨屋は見つからなかった。


このあたりが小俣宿なのか?


立派な小屋風の立体看板が出てきて、
「ここから小俣宿」と書いてあるではないですか?

ここから小俣宿



「ほ~ここから?」



「イメージとは大分違うの~」


「幕末にはあったんだろうな~」


進んで行くと、看板があり、
「村上藩小俣口留番所跡」とあった。

それによると、

小俣宿



「慶長3年(1598年)村上頼勝
加州小松より入封され当地は村上領となる。



庄内領国境の原海、岩石、小俣、雷に
番所が置かれた。


宝永6年(1709年)村上藩が減封され
当地は天領となる。

小俣宿

番所役人、朝野加左エ門は廃所とともに
村上に帰藩した。


以後、海老江、大山、三本木、水原代官所の支配を
受け、天明8年(1788)米沢藩預り地となり


現、朝日村塩野町代官所の支配を受けること80年にして、明治維新を迎える」 とある。



かつて日本の主要道であった出羽街道の
宿場街として、出羽三山への参拝者など
多くの人びとが訪れたらしい。

小俣宿近く



明治維新では戊辰戦争の戦場となり、
集落のほとんどが焼き払われたという。


その跡に再建された家々が現在も残っており、
この貴重な小俣集落の街並みを作っている。


心のふるさとを感じさせてくれる趣があるのだが
家が少ない為か、少々寂しかった。


このあたりは広くて山々も美しい。

小俣宿方向

「なかなかえ~ところで気持ち良いの~」


しばらく美味しい空気を吸ってから
山形県境近くの出羽街道を帰ります。



目指すは「まほろば温泉旅館?」ですが
まだ16時のチェックインには少々早すぎるのが
気になる。

画像の説明



先程きた道を通りながら、また
「日本国トンネル」を通ります。


良く考えて見ると、やっぱり不思議です。
日本の国名が決まってから日本国の名をつけるのは
おかしい。ありえない気がする。


もしかして、日本の名前が決まる前から
日本国があったのではないか?


そう考えざるを得ないかも。


となると、日本の国のルーツが
ひょっとしてココにあるかも・・


地図をみたら日本国とはもともと
山の名前と判明した。

画像の説明

そして当然、ここの地名でもあるのだから
僕達は日本のルーツのある場所へ
来てしまったみたいだね。



「凄いとこ、来てしまったんだの~」


と、いうことにしておきまする。



それで、
国名の由来は?となるのだが


新羅の記録に670年、
陰暦十二月に倭国が国号を日本と改めたとあります。

屋号

また、670年3月に唐を
訪れた遣唐使は倭国の使節として
唐の記録に残っています。

このことから、
日本という国号を決めたのは天智天皇といわれている。


天皇と言う称号が用いられたのも
天智天皇のときが最初とされているが

大宝元年(701年)に制定された
大宝律令によって「日本」と

小俣宿の家の洗面躇?

定められたがこのころ呼び名は
「やまと」とか「ひのもと」と呼ばれていたらしい。



奈良時代になると漢字の知識が広がり
訓でなく音読みされるようになり
「にほむ」と発音するようになった。


ようやく室町時代になって
東国の発音で読まれるようになり

「にほん」「にっぽん」と
よばれるようになった。とされる。

日本国郵便局

が、本当のところは
よく分からないけど、

「そういうことにして、くなんしょ!」


「ささ、帰らんしょ!」





郷思館


しばらく走ると、ようやく
広い場所に出た。

右側に古民家の看板があったと
「まーちゃん」が騒いだので、いきなりストップ!

画像の説明

少しづつバックすると、確かに
古民家の看板が右手に見える。

そこを右に曲がって50mほど行くと
茅ぶき屋根の古民家が確かにありました。


木で出来ている門は鍵が掛かっていたが
電話番号が書いてあったので、
電話してみると女性が出た。


「今行くので5分ほどお待ちください」と言う。

郷思館

チェックインまでの時間はあるので
しばらく待つことにしました。


門の右側の看板には「国指定有形登録文化財」
「郷思館」と書いてある。


「役所の建て物かの~?」


5分ほど待ってると、車が到着!
意外にも、男の人が案内してくれるようだ。


「役所の方ですか~?」と聞いてみた。


「いいえ ・ 私がこの家の持ち主です~」

郷思館



「え~ほんまですか? 凄いじゃないですか~」
と言うと、


「敷地は500坪ほどですが
ま、ま、ぐるっと見てくなんしょ!」



と言いつつ、家の中へ入って行ってしまいました。


ご主人は、見るからに恰幅の良い
太った赤ら顔のおじさんだった。

大きな蔵



前には大きな蔵があり、後ろを廻ると
大きな池に色とりどりの大きなニシキゴイが寄ってくる。


慣れていて、餌をねだってるようだね。


「ごめんなんしょ~。
僕達エサあげられなくて!」


「お客さんなんで、許しておくれヨ」

錦鯉

裏を廻って見ると、色んな木々があり
情緒がある。

樹齢100年以上の大きな松が素晴らしい枝ぶりを見せている。

それとなしに、窓を眺めていると
家の中を掃除する女性が見える。


中に、もともと、人がいたようだ。


一周したので、玄関前に戻るとここにも

「国指定有形登録文化財」の金属プレートが
誇らしげに掲げられている。

画像の説明


玄関のくぐり戸へと入ると
広~い土間はなく、直ぐに上がれた。


そこには、今まで見たことが無いような
大きな置き囲炉裏が置かれていた。

おそらく、20名ぐらい座れそうな
もので、食事テーブルとして使われるのであろう。



ご主人が奥の部屋を案内してくれる。

ご主人

農家屋の田の字構造ではなく
僕達には、少し、重い感じがする。

襖などには、昔の書が貼られ
武家屋敷といった感じで重厚さが滲み出ていた。

2間続きの上には立派な欄間があり
ご主人自慢のものという。


床の間の重厚さも尋常なものでは無かった。

大囲炉裏

そのあと、板の間のテーブルに迎えられ
中国風の椅子に掛けながら上の天井を見上げた。


古いものではなく最近の補修で、拭き漆が塗られ
茶色い色をしている。
この天井は随分とお金が掛かっているという。


奥さんがお茶を運んで来てくれたあと、
古い板戸を一生懸命にカラ拭きしている。


実は昨日、お客さんが泊まったという。
お客さんが帰った後、いつも必ず掃除と
家の手入れを奥さんと従業員さんが行っている。

画像の説明



ここは、旅の宿として、
1日1組限定の宿という。


月の半分はお客さんが泊まるらしい。



ご主人がパンフレットを持って来てくれた。


そのパンフレットには、茅ぶきの宿、
豪農の館「郷思館」とある。


まさか、ここが旅の宿とは意外だった。

画像の説明

値段を聞いてみたら、一人約15000円ほど。
この建物にしては安いのであろう。
周りの環境も最高だし。


料理は季節の旬な料理を作って
運んでくれるのだろう。


その日に近くの山、海でとれたものを
使うため、日によって全く異なる内容となる。


僕達は長々と話し込んでしまったが
ご主人は、元サラリーマンで
今は会社を5つも持っている社長さんだった。


考え方も歴史感も殆ど変わらず
話が合うのは、ほぼ同世代だったから?

本の欄間


脱サラして成功しているのは
「ひと握りの人」と良くいわれるが
実に立派である。


さぞ
苦労されたのかもしれないが
こうして社会の人々に貢献されている。

居酒屋とか本屋さんとか、セレモニーホールも
経営している忙しい社長さんで

ご主人様

こんな田舎でも頑張っている方がいるのは
実に頼もしい。


昨日は商業組合の旅行で出かけていたとかだったが
嫌がらずにこうして相手をしてくださるので
申し訳けなく思う。


ここは有形登録文化財で、
人間の場合は無形文化財となるという。


この家はかつて海運で財を成した地主が、
明治17年に建てたものであり、

古い立派な欄間


柱や天井が120年を経た今でも褪せることなく
輝きを放っている。


そんな貴重でもあるこの家をご主人が
譲って頂いたらしい。


部屋は全部で7部屋ある。
ここに泊まればかつての
越後の豪農の生活を実体験できる。

板戸

この幅広の板戸は最近では希にみる上物。

戸の中央ほどに障子がある、中障子戸が
僕の好みであるので、
「じいっ~と」みつめてしまう。


「雰囲気あるね~!」


このような幅が広いのは
チョット珍しくもある。

話し込んでいると、
実は住んではいないがもう1件
家があるとおっしゃる。

今度来た時はそこを無料で貸すから
遠慮なく泊まってくれとおっしゃる。

「いや~・何日でも好きなだけ泊まってくださいヨ」

画像の説明

「え~? いいんですか~?」


「ほんじゃ~今から見せに行きますヨ」


「近くなんでっか?」


「すぐソコですワ・駅の近くです」

「そんじゃ~・帰りながら、
チラット見せてもらいますよって」

という事で、郷思館を後にしました。


奥さん達の車は無かったので先に
帰ったようだった。

郷思館の入り口

ご主人の車の後をついて行くと
道路沿いの立派な古民家らしき
和風住宅の前で車が止まる。


ご主人が車から降りてきて、
「この家がそうです」


「うへ~・この家もそうですか?」


「あっ・はい!」



「すごいですね~」「良い家ですね~」


「分かりました」

「んじゃ~・もし今度来たらお願いします」


「ほんとに駅からすぐ近くでこりゃ~良いワ」

社長さんの和風の家



長くお邪魔してしまい。
お詫びとお礼のしるしに、タイ味噌と


しじみの佃煮を差し上げてから
僕達は駅に向かいました。


駅では駅長さんにお礼を言うつもりで
入っていったが、姿は見えず残念。


駅の前には先程の親切なタクシードライバーさんが
お客さんを待っていたので、挨拶し、
お礼を言って駅を後にします。

こうしてお客さん待ってても
お客さんあるんだろうか?


少し心配になるほど
人ひとりいませんでした。


そして、駅の周りをジット見ると
先程の社長さんの本屋が横にあり
その向こう側には居酒屋が見えた。

府屋駅

本屋さんへは、お客さんが2人入っていくのが
見えたので良かったな~と思いながら


僕達は2度と来ないであろう山北から
「まほろば温泉」へ向けて
車を走らせたのでした。




国道7号線まで来たとき
右に曲がれば、5分ほどで、山形県に入るが
時間も遅くなったので、左へとハンドルを切った。


国道7号線は相変わらず車は少なくて
スイスイ走ります。


信号も少ないし、鼠取りのレーダーもない。

7号線



途中、ガソリンを補給した。
村上市は、どこも1リッター165円と高いので
30リッターだけ入れることにします。

30分ほど走って「まほろば温泉」の宿へと到着。
受け付けへ行き代金を支払い、宿泊場所を教えられた。


それは、別棟の1軒屋で、再度、車で移動し
玄関横付けに車を止めた。

家はピンク色の外観でチョット気持良くない・・


荷物は簡単に運び込めて良かった。


部屋は1階がリビング、キッチン、冷蔵庫、レンジ
食器まで全て付いている。
あれれ、布きんまで付いている。



でもベッドとお風呂だけが2階にあるので
「なんだかな~」という感じ。

まほろば温泉宿泊

取りあえずお風呂に入ることに。


蛇口には、温泉用の普通の5倍ほど太い蛇口が有り、
直に温泉を入れられるようになっている。

かなり熱いので水を足しながら調整しつつ
入った。


「いい湯だな~! 気持よか~」

と、思ったのも束の間。


突然、お尻に何かが刺さったのか
傷みが走る!

座った下には石砂が有り、
お尻が「痛いの~」と
なってしもた。

まほろば温泉部屋の様子



フィルターとかないのか~?


どうも温泉湯から一緒に、
石砂も少し混じっているようで
フィルターが欲しいよ~


温泉から出たあとは
近くのコンビニへ夕食とビールと
明日の朝食を買う。


7イレブンだったので、もち、ナナコカードで支払う。


宿へ戻り、今日購入した「サケの酒びたし」を
取り出して、説明書きを読む。

お酒と鮭の酒びたし



「え~と、3分ほど酒に浸してから食べるといい?」

「なるほど~」お店のお姉さんが言っていたのを思い出す。


「お酒へ浸けるのは塩分を抜く為と、美味しくなるためと・・」


ビールを飲みながら頂いた。


お酒は刈張鶴というお酒でサケ魚と相性がいい。

部屋からの風景

他には野菜ジュースや玉子、ササカマなどを
頂く。


デザートは道の駅で買った黄金焼きを・・
あれれ!あんこのはずがカスタードクリームだった。
「やってもうた」残念無念!と思って食べたら



これがとても美味しかった。



カスタードクリームが美味しいので
「これはいけるの~」と言いながら
2つも食べてしもうた。

2階



カスタードがおいしいのは
滅多にないが・・

「ついてるの~」


お腹いっぱいになったので
眠くなってしまい、8時には2階へ上がり
ベッドで寝てしまう。


翌朝、6時には眼が開いてしまった。

宿の周りの風景

天気良好で散歩している他の宿泊客がいる。


軽く朝食を済ませ、
テレビを見てみる。


後ろからも音がするので
「何かな~?」と


部屋にある電話が、テレビのようになっていて、
地域情報が流れている。

この時期、どこもかしこも秋の収穫祭が始まる。

なんで電話から?と思って
電話の配線をチェックしたところ、
LANケーブルだった。


電話がインターネットに継っていて
「田舎なのに進んでいるな~」と感心してしまう。



取りあえず、朝ドラの「マッサン」などを見て
出発まで時間調整します。


今日の予定は村上の舞鶴公園で、
武家屋敷を見学し、そのあとは
前回寄った骨董店でお皿等を買うこと。


それと、時間があれば
「井筒屋」さんにも寄ってみたい。
それにお酒なども購入予定です。


ここ「まほろば」から村上までは、
車で30分ぐらい掛かるかも知れないので


9時頃に出発し、村上へ9時30分ごろに
到着を予定しています。


ま、あくまで予定で、実際は少し
変わるかも知れません。


出発準備していると
となりのお客さん達、
男衆5人も出て来ました。


のんびりと、旅行している風に
見えます。


僕達も9時過ぎ頃に
「まほろば」を後にして
村上市の中心部へと向かいました。


やはり、スタンドは1リッター165円に
統一されているようで165円しかない。

村上駅

公園なのでナビに入れられないので
やっぱり分りづらかった。


取りあえず村上駅へ行ってみた。

村上駅は個性的でやはり観光の街らしく
駅もチョット変わっている。


右から読む昔の書き方であり、
駅も驛というふうに古~い文字だった。

村上駅



そのあと、横にある観光案内所に行き、
おばあさんに訪ねてみる。


おばあさんは長椅子に腰かけていた。


「もしもし!おばあちゃん!」


と、声をかけても返事が無い。

おばあさん人形

朝から、すっかり寝込んでいるのか?
死んだように動かない!



それもそのはず、良く見ると、
実物大のお人形さんだった。



それを見ていた男の人が
出てきたので、まいづる公園を聞いてみました。

村上驛



お蔭で見つけられ、それでも何とか
目的地の公園は、ほぼ時間どうりに到着。

「ホッ」 良かった~!

「おめでとうございまいづる」

「づる~」




まいづる公園


車を駐車スペースに入れ、
公園を眺めてみる。

横の幼稚園では植木職人さん達が
植木に雪囲いをしていました。

画像の説明


旧藤井家住宅へ向かって歩いていると
後ろから、「いらっしゃ~い」と
声をかけてきたおじさんがいた。


ここの家の管理している「おじさん」だろうか?
話してみたら、やっぱりそうでした。

まいずる公園

一緒に歩きながら旧藤井家住宅へ向かいます。
その時、洋梨の実がなる木があり
聞いてみた。


「洋梨みたいな実がついてるけど?」

「用無しの木でっか?」

実は梨ではないが、
よく似ている実とおっしゃる。


木の実

それにしても珍しく、
初めて見る木だった。


公園は予想通り、小さな公園で
皇太子殿下・雅子妃殿下の
御成婚を記念した公園であり、


南東方向に舞鶴城跡をのぞみ、
公園内には雅子妃殿下ゆかりの
旧嵩岡家住宅がある。


藤井家住宅

旧岩間家を移築復原することにより
市民の祝意を永く顕すとともに


村上藩士の生活文化を展する重要な
歴史文化施設としても意義深い。


その公園にある一番大きな屋敷と思える
藤井家住宅へと入って行った。




旧藤井家住宅


建築年代は江戸後期。

保存修理工事 平成10年、現地保存。

 藩政期には、代々250石を
給されていた重野兵馬氏の屋敷で

偽部屋



者頭役や奉行などを務め、
中級上位に位置していました。


現存する武家屋敷の中では、
若林家に次いで大きく
格式の高さをうかがわせます。

明治30年代に藤井氏が
取得したものである。


玄関を入ると正面に襖があり
その裏側に部屋がありそうに思うが
畳半畳ほどのスペースがあるだけ。

画像の説明

実は、暴漢に襲われた時、
少しでも逃げるための
時間稼ぎをする為の偽部屋だった。


実際、このようなことで
逃げることができ、生き延びた例があるそうで
このように造られたという。


次の部屋に入ると一夜城の写真がある。

ハリー・ボッテー城

ここでは敢えて「舞鶴城」と
言わしてもらいます。


又の名を「ハリー・ボッテー」とか
「ベニヤ城」とも言われ

一夜で取り壊されてしまったが
写真だけは残った。


一夜城

今では夢・幻か?舞鶴城!

村上城はかつて新潟県村上市に
存在した日本の城(平山城)。


別名・舞鶴城(まいづるじょう)、
本庄城(ほんじょうじょう)とも言った。


画像の説明

村上市街地東端にそびえる臥牛山
(標高135メートル)の頂に築城され、
歴代の村上藩主の居城であった。


国の史跡に指定されている。


歴史によれば、
慶安2年(1649年)に姫路から松平直矩が入城。


寛文年間に村上城は大規模に改修された。


天守・櫓等が新たに造り直されたが、
ほどなく寛文7年(1667年)の落雷により
天守等を焼失。

鎧兜



以後、城主が転々と変わったこともあり、
天守が再建されることはなかった。


幕末の戊辰戦争(ぼしんせんそう)では、
内藤家の村上藩は親幕府派と


新政府派で意見が分かれて分裂状態となり、
慶応4年(1868年)、官軍に抗しきれないと


みた親幕府派の藩士が山麓居館に
火を放って庄内方面へ脱出。

囲炉裏部屋

庄内藩兵と合流し、新政府軍と羽越国境で交戦した。


明治3年(1870年)新たに成立した
「村上県(後に新潟県に合併)」


知事となった内藤信美は、
焼け残っていた城郭の破却を政府に届出し、
受理された。


この時点ではまだ城下の諸門や
石垣はほとんど無傷で残っていたというが、
それも明治8年までに解体・売却された。

画像の説明



今でも村上市内には、
このときに売り払われたと


見られる石垣の一部が、
民家の庭石や塀の礎石として残っている。


第二次世界大戦後の高度成長期には
城下の土塁や堀は損なわれ、
市中も区画整理されて城下町の面影が薄くなった。

茅や梁



お掘は土で埋められてしまい、
今では上に民家が建ち、
お堀の面影は全くない。


さて、囲炉裏のある部屋の上に目をやると
茅や太い梁が見えるが、おじさん達が
毎日、薪を燃やすのが一番の仕事か


古民家にとっては、煙を上へとやるのは
茅や梁の保護になるのでなには無くても
やらねばならない大切な事。

囲炉裏のある部屋



暑い夏でもね。


ただし、上には熱感知センサーがあり
燃やしすぎてしまうとセンサーが感知して
消防自動車が来てしまう。


おじさん達は3人で毎日交代しては
お勤めしているらしいが
結構やってしまうらしく

サケの吊るし

3回やると首になるそうで、
もう2回もやった人もいて、おじさん達は
皆、ヒヤヒヤしながら仕事しているらしい。


下を向くと、畳がそこらじゅうに
焦げているのは、火が囲炉裏から


飛び出たためで、杉などの、はぜる薪を
使うからだけど、それにしても焦げ方がひどい。


何しろ、歴史文化施設だから
たのむで~おじさん達。

干し柿

のき下にはサケや干し柿がぶら下がり
食べごろを待っているが、
絵になり、風情がある。

おそらく、干し柿作りも
おじさん達の自主的な仕事なのでしょうが
楽しみがまっているので、ええですの~。


サケは海から上がってきたものでないと
油が取れず、食べられないことになるので
川で取れたもの限定という。


海のサケは油が乗っているので、長い間に
酸化して、美味しさが抜けてしまうのでしょう!

画像の説明



藤井家住宅には本物の鎧兜が
展示されているのは希である。

床の間では、おじさんが刀の抜き方を
披露してくれた。


映画俳優にでもなったかのようで
その顔はすっかり、童心になっていた。


刀は長いので、一刀でサヤから抜くのは
意外と難しいそうだ。


でもオジサンは見事に
一刀で抜き切った。

「ヤル~」


「お見事」

管理のおじさん



「アッパレでござる」


「パチパチ」。


と、決まったところで
ここで武家屋敷の特徴を見ていきます。


武家屋敷は一般の民家と比べて
次の点で、異なっています。


まず、
1、官舎的な性格を持っている。

武士の屋敷は、基本的には藩主から拝領したもので
農家や町屋のように純然たる私有財産ではなかった。

藤井家住宅

そこで、上級武士の場合は”役宅”を兼ねていたので
役職が替わると屋敷替えも行われていたことが
知られている。



2、厳しい建築規制がある。

武士の生活は質素を旨としており、
住宅においても華美な造作は禁じられていた。

又、身分に応じて敷地の広さから建物の大きさ、
造りにいたるまで、細かい規定がなされ、
身分不相応の屋敷に住むことは許されなかった。



3、閉鎖的な屋敷構である。

藤井家住宅、縁側

武士の住居は城を中心として
広い面積を確保していた。

個々の屋敷も広い敷地の中に主屋が独立して建ち、
門、塀は生垣などによって囲まれていた。

ただし、下級武士が住む長屋については
この限りではない。




藤井家住宅を出てすぐ近くには
嵩岡家住宅があるので歩いて行く。


嵩岡家住宅

表門前には石畳

表門前には見事な石畳が敷かれ
ある種の気品が漂う。


住所は 村上市庄内町
つくりは 直屋・寄棟造・萱葺
面   積 103㎡
建設年代 江戸後期
保存修理工事 平成8年、新町より公園内へ移築



平面構成は、玄関-茶の間-座敷となり、
若林家住宅ほど接客空間が
独立していなかったと思われます。

嵩岡家住宅



嵩岡家は、代々100石を給された
中級武士で天明期は江戸藩邸詰でした。


この嵩岡家は、皇太子妃殿下雅子様の
ご実家小和田家とは縁戚関係にあたります。


玄関を入るとすぐ茶の間があり、隣りに主人の
接客と居間を兼ねた座敷を備えている。


梁間が2間半あり、隣りの
旧岩間家住宅と比べると茅屋根が大きく見える。

嵩岡

以前建てられていた敷地は、明治初年の
城下絵図によると嵩岡五郎左衛門の
屋敷となっている。


ここも市指定有形文化財である。


家に入っていくと元気なオジサンが暖かく
迎えてくれた。


先程の藤井家住宅と比べると
全て、こじんまりとしている

嵩岡

雅子妃殿下の祖母静さんの父、
又四郎(曽祖父)は
村上藩士嵩岡小太郎四男として生まれ、


新潟師範学校へ進学するまで
この住宅で生活されていたという。


雅子妃殿下のお印は、「ハマナス」ということから
まいづる公園内にも多く植栽されている。

嵩岡家住宅囲炉裏
ハマナスの花













それではこの公園の最後の
旧岩間家住宅へと行きます。



意外にもすぐ横にあり
隣りの住宅のように
大きくはない。

旧岩間家住宅


旧岩間家住宅

所 村上市庄内町
つくりは 直屋・寄棟造・萱葺
面   積 109㎡
建設年代 江戸後期。



保存修理工事 平成7年、飯野2丁目より公園内へ移築


この住宅の特徴は、長屋形式であったものを
安政年に一戸建てに改造していることです。

旧岩間家住宅



この改造が行われた時期については
改造によって取り払われた部材を
隠すために使用した「カブセ」という


小部材の裏に当時の大工が書いた
『安政五戌牛歳五月吉日


 大工 羽黒町 清八造之』と記された
「墨書」が見つかったことによります。


旧岩間家住宅囲炉裏

 江戸末期には、須貝氏(徒士頭であったか?)の
屋敷でしたが、その後所有者が変遷し、
昭和23年ごろ岩間氏の所有となりました。


座敷床の間や欄間については
解体前の現状の姿を踏襲したらしい。


ところで、一番最初の旧藤井家住宅で
囲炉裏の畳がそこらじゅうに焦げていたが
ここの管理しているオジサン言わく

管理のオジサン



クリを焼くときに割れ目を入れないので
あんな風に囲炉裏から飛び跳ねてしまうので
畳が焦げ放題になってしまったそうです。


この家の管理の方は囲炉裏飛び跳ね防止の為の
板で囲ってある。


無知ほど恐ろしいものはなく、
単なる栗に割れ目を入れて焼けば、
ハゼて飛び跳ねることはないそうだ。


クリクリ坊主が「アチー・アチー」と言いながら
飛び跳ねる様子が目に浮かびます。


画像の説明

畳が焦げるだけならまだ許される?けど、
火にはくれぐれもご注意ください。


そこいくと、ここの管理はしっかりして居るので
大丈夫と思うけど、栗を焼きたい気持ちも
分かるのであ~る。

そもそも囲炉裏部屋が畳というのも
「なんだかな~」という感じ。

板敷にしたいところでもあるが
武家屋敷の辛いとこですかね?



裏側
入り口










土間
全景
















外に出て、茅葺き屋根を見ると
草が生えていて、荒れている感じなので
どうなのか?と見ていると

外より見る

オジサンが「良くカラスがつつくんですよ」と
おっしゃる。


草の下に虫がいるらしく、
カラスがつついているらしい。


家は小ぢんまりとしていて見栄えは
大した事ないが、家周りが綺麗に整備されていて
気持ち良い家でした。

鉄の渡し

オジサンにお礼を言って
まいづる公園を後にしました。






再び骨董屋さんへ


車を大町方面へと移動します。
小さなカワイイ街なので
直ぐに覚えてしまいました。

画像の説明

大町へ到着すると、
向かえのトイレ兼駐車場に車を入れ
骨董屋さんへ入っていきました。


実は、先月ここで購入したお皿が
食器洗い機の中で割れてしまったので
買いに来たのです。


そのお皿は先月、2枚買ったのですが
すごく気に入っているし、使い勝手が良く
我が家の必需品になってしまいました。

大町の酒屋



そんなお皿の1枚が割れてしまい
再度、買いに来ることになったのです。


「こんちは~」と入って行くと
めでたくあのお皿が有りました。


「イガッター」とホッとします。

骨董店の展示品

今度も2枚購入。


でも次に来たときは恐らく全部
売れてしまっていることでしょう。


他に面白いものはないか?と


目を凝らして見ると
ひょうたんの形をした
ガラスの入れ物があり、速、購入決定!

僕は「ひょうたん」大好き人間なのだから
「しょうがないね」の一言で
まあちゃんも納得。

画像の説明



それと昔の薬のビンと思える
青色の容器も追加。


帰り際、キャロキョロとよく見たら
面白い絵柄の「手ぬぐい」がある。

上から鷹が川のサケを狙っているような
そんな手ぬぐいが掛かっていたので
買うことにした。


それと、かなり良い「火入れ」の付いた
「たばこ盆」がある。

煙草盆と、ガラスのひょうたん

火入れは、形と、絵柄がよく
かなり古いもので幕末くらいの
時代物と読んだ。


僕としては買いすぎかも?と思いながらも
後で欲しくなっても後の祭りで、
悔いてしまいます。

なので、そんな事がないように
ココは「無理しても買っておきましょう」
と、なったのでした。



まだ時間があったし、今回、井筒屋さんへ
寄ってみたいと思っていたのに、まーちゃんが
お腹が空いたので、道の駅へ行くと言い出した。

鮭専門店



でもその前に、お酒屋さんへ入り、
透明ガラスビンに入ったお酒と、教えてもらった
鮭専門店へ寄ります。


ナビで行ってみると意外と大きなお店で
外観も人目を引く建物で、フンムキは良かった。


話を聞いてオススメを幾つか購入。
帰る準備も整い、はよ「帰らんしょ!」


神林、道の駅

仕方無く7号線にある「神林、道の駅」へ
寄ってお昼ごはんを食べて帰ります。

到着してみると、思っていたより大きな道の駅で
左側が販売所で、右の建物が食堂レストランに
なっている。

新潟に来るとなんでも「意外」が多くなる。


まずは食事ということで、
右側に入ると、古民家を改修したらしく
見事な梁が自慢げに張り出ている。

神林



ここでは和室の畳へ座り、季節がら
イクラ丼を注文した。



ここは高くなく、値段は850円ほどで、
ご飯も新米を使い、とても美味しかった。


食事の後は販売所によって見ると
柿がここでも超安値で売られていた。


味はどんなか?はチョット心配なので
買わずに出てしまいました。

食事処



出入口では八百屋さんが出ていて
りんごや柿などフルーツを売っているけど
買っている人はいなかった。


本当はここのほうが美味しいかも
知れませんが、何故か皆買わない。


このあと、僕達は高速道へ乗らずに
しばらく国道7号線でいきます。


国道で帰ったら日が暮れてしまうので
途中から高速道へ乗りますが
今は少し、のんび走ります。

日本一の清流荒川

国道を走っていると古美術店があったり、
道の駅があったりして、楽しいです。


しばらく行くと、清流日本一の荒川が
あるはず。


やはり思っていた矢先、
村上で有名な川、荒川が現れました。


サケ釣りでは有名ですが
今年は予約がいっぱいで無理とのこと。

国道7号線

予約はネットで行ってくださいと
言われてしまった。


サケ釣りの季節は11月後半から
師走の中旬ごろまでなので
季節がら無理でしょう。


たとえ、予約出来たとしても
寒さが、きつい村上なので
多分ブルブル震えてしまう。

国道からの風景

40分ほど走ると
やがて道が渋滞して来たので、仕方無く


日本海東北自動車道の中条ICから
高速道へと入っていきました。


「じょんのびあん」へは夕方5時ごろ
めでたく到着!


明日は旅の疲れを癒し、のんびりします。
天気も良さそうで、ついてる。



翌日も天気は良好。

いよいよ、明日で今年の新潟も
終了になると思うと寂しいですが、

雪囲いや、その他、もろもろやる事いっぱい
あるので今日も忙しくなりそうでコワイ。

翌日

暖簾を干したり、雪囲いをしたり、
あと、塀の修理や、ゴミの片付け等。

それとペンキ塗りもしました。

積み重ねてあった雑草等は
林へ入れて腐らせて肥料にします?


イザ明日に帰るとなるとやっぱり
少し落ち着きませんが次回(来年春)に
持ち込むものや、今回持ち帰る物などを
メモし忘れないようにします。


作った行灯も持ち帰り、靜岡で
使います。


一応、午前中に頑張って仕事したので
午後はゆっくり出来ました。


ヤレヤレで、ありがたい。


今年の新潟は雪の降るのが
遅いため、助かります。


それにそんなに震えるほどは寒くなく
わりと暖かで身体が楽です。





靜岡へ

じょんのび庵

いよいよ
帰る日が来ました。


これで今年の新潟も最後です。
寒い冬からサヨウナラ。


忘れてはいけない事は?


水道の水抜き。
戸締り。
電気ブレーカーOFFするものと
OFFしないもの。


外の水道はタオルを巻いてから
ビニール袋を被せます。


玄関前の街灯をしまいます。
これやらないと、雪で壊れます。

アカベコ

トイレのバッテリー抜いたし~と
確認事項は全てOK!


最後に玄関の鍵をかけたら
玄関の雪囲い。


もちろん、パワフルレッドの登場で
「グワーン! グワーン」


太いネジ4本止めて完了!

画像の説明

やっぱし、さすがに早かった。


「ありがとうパワフルレッド!」



それに天気も良し。


「じょんのびアン」ともしばらくお別れ!
部落の皆さんお元気で!

雪囲い

来年また元気に会いましょう!
チョウスケの母ちゃんが
見送りに来てくれたり


師匠の家のトモコさんも声かけてくれて
ありがとう。お元気でね。

とうとう出発の時が来ました。
イザ、静岡へ。





帰り道

今日は関越道を通らずに、長野経由で
豊田飯山から高速道へ乗るつもりです。


それというのも、道の駅へ寄りながら
野菜や果物を買えるからで、
これが結構楽しいです。

7時半ごろになってしまったが
ようやく出発!


まずは、津南町方面へ向かいました。
山々は少し紅葉してはいるけど
まだ中ばという感じ。


途中の7イレブンで朝食にします。
いつもと違い少し寒いので


味噌汁にお湯を入れ、半熟玉子を入れ、
おむすびは、いつもの梅を一つ。


あとは持参の野菜やチーズ。
薬を忘れずに飲みました。


薬は取り出しやすいように
前もって1セット別の小さな容器に
入れておくので便利です。


車は津南町を通過し、ここはまだ新潟か?


さらに進むと左に小さな道の駅があって
いつも滅多によらないけど
今日は寄ってみました。


売っているのは「りんご」がメインですが
小さな「アルプス乙女」があったので
買ってみました。

大きさ比べ



普通の大きさの5分の1ぐらいか?
小さくてカワイイりんご。


実は以前、買って食べたことがあったのですが


「酸っぱくてたまらんバイ」となり
我慢して食べたけど、


周りに飴を付けて食べる事が急に閃き、
「一かご」買ってしまいました。

アルプス乙女



お祭りの時に売っていた「りんご菓子」
あれを自分で作ればいいんです。


買ってみたら「一かご」たくさん入っていて
300円だったので「ビックリ安」


よほど買う人はいないのかも?


やがて「信越道の駅」を左手に見て通過。
この時点で県境を超え、長野県。

千曲川道の駅



「千曲川道の駅」で、は相変わらず
人気でお客さんがいっぱい。


この季節はいつも新鮮な
野沢菜が山のように売られている。


綺麗な花もあり、ピンクとブルーの
コンビネーションもいい。


野沢菜

ここでは普通のりんごを少し、
野菜なども購入した。

「千曲川道の駅」を出ると
2台のハーレーだビッドソンが前にいて
楽しそうにツーリングしている。


白いバイクと黒いバイク。


花

ナンバーを見ると新潟ナンバーだった。
年配の二人は無線でコミニュケーションを
取りながら楽しそうに走っている。


バイクの右後ろに二人とも
アメリカ国旗がついていて笑ってしまう。


僕も同じライダーなので
「気持ちわかるな~」


豊田飯山手前で二人は左に曲がり
長野の県道を行くようだ。


野沢菜

今夜は泊まるのは間違いない。
「気を付けて」と安全を祈ります。


車はやがて「豊田飯山道の駅」へ到着!


販売所へ寄ったが特に無かったけど
農家の栽培した「ニンニク」を
試しに一株買ってみました。


車の中で、一かけをカジって食べてみました。
チョット辛かったけど、何とか一つだけは
食べられました。

豊田飯山道の駅



「それにしても辛かったの~」


この前、仙人さんから教えられたのは
「億万長者の主食はニンニクである」と
聞いたのでチョットだけマネしました。


これで億万長者になれるのは間違いない?


生で、かじるのが一番効果が高く、
無臭ニンニクは効果ないそうで、
あの匂いに栄養があるそうだ。


やがて「まーちゃん」が車へ帰り、
一言、「玉ねぎの匂いがする」


「ま~気にせんといてや」
「ニンニク買ったんや」

「オーマイゴッド!」

「食べてみんしゃい!ヨカにんにく」
「使ってみんしゃい!ヨカせっけん」

「オ~・ノー」


「ささ、いきまひょう・いきまひょ」


ここからは上信越自動車道へと乗ります。


やがて長野自動車道へ入り、
梓川SAで休憩し、パンを購入。

梓川SA



さらに中央道、双葉JCTで
中部横断自動車道へ入り
とうとう増穂ICで高速を降ります。


国道52号線に出たのです。


新しい看板が出ているので
見たら、「富士川道の駅」とある。

富士川道の駅

以前から建設しているのは知っていたが
とうとうオープンしたらしい。


横道に曲がり、ぐるっと回ってハイ到着!

「なるほど~オープンしたばかりだの~」


パンフレットをみたら、
なんと7月8日にオープンしていた。

「思っていたより平らな建物だね~」

画像の説明

駐車場も広いし、
「たけのこ道の駅」とは随分違うみたいだ。


中へ入ると正面には
鯱のオブジェがある。


囲炉裏をイメージしてあり、自在になっているようで
下には鉄鍋が釣り下がっている。


「センスの良さにビックラしたよ」


「田植え枠みたいのもピッタシかんかんだし~」

富士川道の駅正面

「いいよ~」


それに受け付けのお姉さんも綺麗だし。


そんなに広くもないが、でも広く感じて
何でもスッキリ・ハッキリしてるし~


「こうゆうの、僕スキヨ!」


左手は土地で取れた野菜や果物などの
農産物が売られ、右手に行くと、おみやげ等、
一番奥の左側は食堂。

農産物販売



「おっと失礼!
富士川キッチンと書いてあるで~」


ソフトが有ったので
ソフトクリームを一つ頼んでみたが


「なかなか美味いの~」


「これは結構いけてるヨ」

「清里ソフトより美味いかも?」

入って右側は物品販売



建物から出ると広いラウンジのような
スペースが有りテーブルと椅子が幾つか
置いてあり、休める。


「ぷらっと立ち寄れる憩いの場」とは
このことだね。


裏に回って見たら
四角を積み重ねたような
でっかい白いオブジェがある。

龍のオブジェ



なんでもタレントが作ったもので
龍が玉をつかんでいるもの。


2階の展望台へ上がってみると
周りの道路工事の様子が一望出来た。


バイパスは川向こうから来てるみたいだね。


「早く工事進むといいのにな~」

憩いのスペース

そして上へ登る螺旋階段があり
展望台があるようなので上り始めた。


「いつまで登っていくんじゃ~
わしゃつかれたび」


降りてくる人もいて、「いかんほうがいい」と
言われたが行ってみるべ~。

「クルクル歩いて、眼が回るバイ」

2階展望より工事の様子が見える

ようやく
「到着~!


アンレ?こんだけ?
やっぱ、上がらんほうがいいべ。


なんと、おんもに出られん。


「アチャー・まいったマイッタ~」

画像の説明

展望階段上がるのは無駄だった。


降りてくる人達が言っていた
「上がらん方がいい!」は


本当だった。

というわけで、
コンシェルジュがいるという
センス抜群の道の駅(52号線)、「富士川道の駅」でした。

エレベーター





今月もご覧いただき、ありがとうございます。


2014年の更新は終了いたしました。


来年2015年、5月より更新予定です。


駐車場で見つけたキャンピングカー





来年へとつづきます。





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