ようこそ、じょんのび庵ZENへ。

古民家ぐらし7





八ヶ岳SA

2015年 5月下旬


5月下旬、しばらく良い天気が続くので
梅雨に入る前、出かけることにしました。


それと、静岡の友人が車中泊に長野〜新潟を回り
「じょんのび庵」にも寄る予定があるので
いつもと違うスケジュールで出発。


今回は今年の2回目の新潟行きなので
前回と違い、荷物も少ないから余裕がある。


6時30分出発し、山梨県の元気村の前で朝食。
おむすび1つと、野菜など。


中央高速道の「八ヶ岳SA」でコーヒータイム。
最近は習慣化してしまい、抽出画像が見られる
自動販売機のコーヒーを美味しくいただく。


ここでコーヒーを飲まないと
眠くなってしまうのでね。

梓川SA

それと、昼食用のパンも購入。


前回は白いソーセージにしたけど
今回は赤いソーセージのホットドッグ。


白いソーセージは美味しく無かったが
赤いのはどうなのか?

梓川SAの花

それと、カレーパンも購入。


その後、車は「梓川SA」で休憩に。

勢力的に写真を撮っているおばさんがいたので
僕も丘に登ってみたけど

これといった風景では無かったが
「道祖神」が置かれていた。


建物の前には綺麗な花が咲いていた。

画像の説明



「豊田飯山IC」を出たあとは、
千曲川で昼食にし、八ヶ岳で購入した
赤いホットドック等を頂いた。


これは美味しかったので良かった。
「正解・正解」

道の駅千曲川

しっかり覚えておかなくちゃ〜ね。
八ヶ岳SAのソーセージパンは「赤」

そのあと、各道の駅などに、
寄りながら来たので

「じょんのびあん」へは
14時頃に無事到着。



モクレンの花

前回、かなり草取りをしておいたので
ほとんど雑草はなく、替わりにモクレンや


オレンジや、淡い色のピンクのツツジ、
赤やピンクの椿などが咲き、
すっかり春らしくなっている。


水仙は花が終わり、細い葉が少し大きくなり、
アヤメも葉がスクスク伸びているようで
今後が楽しみ。

ツツジ



紫色のアヤメは、ここの畑にピッタリで
待ちどうしいが、咲くのは6月過ぎになりそう。

新潟の春は静岡より1ヶ月は遅く
まだまだ、寒かった。

ピンクのツツジ

近くの田んぼの、半分ほどが田植えが
終わっているようだ。


でも稲は小さくてカワイイので
ほとんど目立たない。


早く青々と育って欲しい。

小千谷タンスと帯

夕方、畑の手入れをしていたら
部落の「でんねんの母ちゃん」が来て
明日は友達がくると言ったら


わらびとフキなどの山菜を
持ってきてくれた。


おばあちゃんが料理したもので、
ワラビのあく抜きは完璧で、生姜あえ。

歯ごたえはヌルットし、味は絶品!

画像の説明



フキはピュアな味で最高!


感謝・感謝!


部屋はひととおり掃除して
夕方にシャワーに入った。


その後、夕食。
20時には就寝。




翌日



済ましておくべき仕事が残っていました。

しろツツジ

とっくにやる予定だったのに
いつの間にか忘れていた、網戸の張り替えです。


別に破れているのでは無く、
白い網を黒い網にするべく買っておいた網。


洗面所の窓にある網戸は既製品なのに
なぜか白っぽい網がついている。


これを黒い網にすると外からは見にくく、
中からは外がくっきり、スッキリ見えるように
張り替えるのです。


早速、網戸を窓から外し、
作業部屋へと運んだ。

外した白い網



枠に丸いゴム状のものが
止まっていると思っていたら

「あんれま〜!違うではないですか」


板状の硬いプラスチックのようなものが
がっちりと入っています。


手で取り外そうとしてもビクともしません。

センマイ通しで少しずつ持ち上げては、
マイナスドライバーでコジ上げて

枠より5cmほど大きく網を切りました

ペンチで少しずつ引っ張ると
ようやく、はがれ始めたので、安堵のため息が・・

「ホ〜」

「それにしても硬いの〜」

良く見ると、中心に出っ張りがあり
それが隙間にピッタリとはまる仕掛けでした。


ゴムに比べると流石にプロ用らしく
しっかり止まり、網が波打っていない。

要領がわかったので
あとは同じようにして全部で4つの
プラスチック枠を外しました。


このあと、網の四方それぞれに
5cmほど大きく黒い網を切り取り


アルミの窓枠に乗せました。

黒い網に取り替え完了



あとは、先ほど外した枠止めを
はめ込んで、網を貼るのです。


まず、上からやることにして
プラスチックの止め具を押さえ込み


あとは手で横側へと、ずらしていくと
網が寄り始め、ぐにゃぐにゃになってしもうた。


「これはイカン」と外し、


端を止めたあとは、窓枠の中心あたりを止め
さらに端を止めてから、入れ込めばいいのか?


少しずつ手で押さえてみたが
硬くてビクとも入らず、「手が痛くなってしもた〜」


なので、木板を当てがい大きく重いトンカチで
「ドンドンドン」と叩きつけた。


ようやく留め具が入り出し、
1箇所だけはうまく入れられた。

このあと、どうするかで全ては「決ま〜る」


常識的に考えても、やはり今度は
横ではなく、下だよね。

「下に違いあるまいの〜」


という具合に止め、左右も同じようにやった。

あとは、はみ出した網をカッターで
4箇所を切り取ります。


ここは慎重に、
間違って網にカッターを滑らしたりしたら
アウトですからね。

とうとう4箇所全てが完了した。


「やった〜」

黒網戸完成し窓枠へ



「おめでとうございまする」


その出来栄えは、まるでプロの仕事のように
素晴らしい出来栄えでござる。


「あっぱれ! 最高! 」


「お見事ではござらんか!」


誰が見ても、「ムサシやコメリ」の既製品にしか
見えんではないですか。

網戸から外を見る


と、いう具合に
誰でも取り替え可能だったんですヨ!


早速、洗面所窓へと
セットしてみると、思った通りに
外の景色が綺麗に見える。


「な〜んだ。とっととやっておけば良かったのに〜」

自宅のブナの木

という具合に朝一番の
お仕事が完了しました。




今日は15時ごろには友人が来る予定なので
午前中に十日町で買い物を済ませます。


十日町は相変わらず田植えが遅く
まったく進んでいなかった。

赤いつつじ

「上から見える棚引く稲穂が最高なので
早く植えてちょうだい」


買い物が済んだら家でお昼ご飯にし
あとは友人を待つだけですが


天気がいいのでギリギリまで
布団を脚立で干しておきます。


13時半にいきなり電話が入った。
慌てて布団をしまいます。


近くにいるようだが、わからない様子。

じょんのび庵の上畑

252号線まで見に行った。
良く聞いてみると、2つの部落を通過し、
だいぶ行き過ぎてしまったようです。


電話で、「戻ってこ〜いよ〜」と一言。


ちょうど道路工事が始まってしまい
交互通行になり、分かり難かったのだろう。


しばらく待っていると
それらしい車が来たので手を上げてから
めでたく「じょんのびあん」へ到着!



予定より2時間も早く到着して良かった。
友人は会社時代の友達で奥様と二人で

無事到着


















長野、新潟と2日間、車中泊し
今日は3日目だが疲れも見せず元気に到着。


車を奥へ入れてもらい
家の周りを見てもらう。


幸い、ブユや蚊がいないのは珍しい。


それに、今月始めにはあんなに居た
カメムシも見当たらない。

広間

僕たちならブユに刺されても何ともないが
慣れていないと腫れてしまうので心配だった。



二人には掘りコタツに座っていただき
夕方までゆっくりしていただいた。


奥様も気楽に話してくれて
いろいろなものに興味がある
若い素敵な奥様でした。


広間




例のわらびやフキもお出しし
美味しいといって食べてくれた。


今日はじょんのび温泉へ入り
ゆっくりしていてだくが
明日は僕たちが山を案内させてもらう。


友人は「道の駅めぐり取材」とかで忙しいのに
無理に引き止めてしまったが
見学は1箇所だけにするのでご勘弁してください。

夕方になると、冷たい風が入り、
空も曇っていたが
明日の天気が心配になる。




美人林へ




心配していた通り、
天気予報では本日は晴れなのに
朝から雨がザーザーと降っていた。


幸い7時頃には雨が上がり
お日様が出だし、「ホッ」とする。

しかし、意外に寒いのでジャンパーを着た。
まさかの為に車へ積んでいたが役立つとは。


8時には「じょんのび村」へ迎えに行くので
早めに支度し、7時半には家を出た。

近くの山々



僕の車の後をついてきてもらい
美しい緑の木々を左右に見ながら
ゆっくり走ります。


茅葺の里を2つ通り越し、
車はやがて松代駅の横道を通り
狭い道へと入った。


もうすぐ目的地のブナ林がある。

友人ご夫妻

やがて駐車場へと到着すると、
車の前に雪の小山があった。


ここは十日町の静かな山の中。


車を降り、林の中へ入っていくと
突然、小鳥が大きな声でさえずり始め
僕たち4人を優しく迎えてくれた。

友人ご夫妻



朝の雨で足元が滑るので注意しながら
ゆっくり歩く。


清々しい綺麗な空気と青い空。


もうすでにプロらしいカメラマンがいて
シャッターを押していた。


友人の奥様が、僕たちの
2ショットを撮ってくれたので
アップします。


人相が悪い左側が僕で
友人は右です。

ブナ林にて



















写真を撮り終え、
駐車場へ戻ると
小さな小屋で山菜等を売っていた。

カメラマンたち

ウドやコシアブラ、わらびにゼンマイ、フキに
コゴミ、といったもの。


このあと、お二人は津南へ降り
117号線を豊田飯山へ向かいながらの
道の駅取材となる。

山の山菜などの販売所

間違って反対方向へ進むと
上越へといってしまうので
地図を渡し、説明しました。

さらに二人の旅は続くので
ご無事を祈り、ご夫婦とお別れしました。


そして僕たちは松代駅へ寄り
走ったことがない駅前を十日町へ向かい
走って行きました。

画像の説明




15分ほど走ると
意外に早く十日町の端に
出ることができました。

道もスイスイと走れる広い道で
この道がつながっているとは意外でした。

コメリへ寄ったりしながら十日町の
ベジパークで「天ざる蕎麦」を食べたのですが
予想通りおいしく無かった。


そばはそれなりですが
おつゆがしょっぱくて、
コクがないのでゴザル。


天婦羅もこの時期なのに
山菜は一つも入っていないので


ほとんど残して、完敗と相成りました。


や〜!マイリマシタでゴザル。


食べたワシらが悪かった。
蕎麦は静岡が美味しいでござるの〜。

じょんのび庵










長岡へ



今日は大きな決意を持って
大都会、長岡へと向かいます。

swfu/d/IMG_6542.jpg



2つ目的があり、
1つはま〜ちゃんを炭酸温泉へ入れること。


2つめはドラム缶を買うこと。


温泉は足に優しいので
少しでも足の血のめぐりを良くする為。
痛むアンヨを楽にさせたい。

小国のやしろ



ドラム缶は探してみたが田舎町では
どこにも置いてなかった。


あのコメリや、ムサシでも無いとは
もはやダメかもしれないが
何としてもGETするつもり。


「中古でもいいんですがの〜」

小国

つまり、畑の焼却用に使いたいのですヨ。


こんなに畑から枝やら葉っぱが出るなんて
処理が大変で、もやさないとかたずか無いでの〜


生活用品はダメなのでせめて、
枝や葉ぐらいは勘弁してもらいたいでの〜。


ダイオキシン出ないものに限りますんで
そこんとこ、よろしくお願いします〜。

もったいない村

天気も良いし、山も綺麗なので
小国を通り、長岡へと向かいます。


このルートが一番近いと思う。


小国は少しずつ田植えが始まり
田んぼの田の神様の社(やしろ)が


良く目立つので
写真を撮りつつ進みます。

もったいない村



まずは「もったいない村」で買い物。
小さなスーパーみたいな?
道の駅のようなところです。


ここではジェリービーンズを買いました。
血糖値が落ちた時に食べる為ですが
懐かしい形と味がします。


ダイソーで以前購入したものより
硬くて、歯ごたえがあり、すぐには
溶けず、丈夫で長持ちします。


多分、配合成分の量が違うのでしょう。

もったいない村

値段は3倍ほどしましたが
それなりに感じます。


味もちょっと違いました。


ダイソーのものは次から次へと
食べたくなりますが


ここのは1つ食べると
満足感がある?ためか?

ジェリービーンズ

充分になりますが
それなりに高級感がありました。

不思議ジェリービーンズでした。




小国の「もったいない村」を出て、
車はやがて「けやき屋」さんの前を通り
長岡の街中に入りました。


とあるお店で、フルーツ用の
スプーンセットを購入し、お昼ごはんは
近くにあった牛角で焼肉を食べます。

食事の後、車は
大きな「ムサシ・ホームセンター」に到着。

ムサシ

駐車場に到着すると、お店の前で
農薬の散布機械のようなものを
実演販売しています。


店員さんが男女2名いたので、
カッコイイ「男の店員さんに
ドラム缶はありますか?と聞いてみました。


するとすぐに電話して
担当者に聞いているようでした。


「1つだけあります」とおっしゃり


店の一番奥まで案内してくださいました。
高い棚の上には緑色に光る新品の
太いドラム缶がそびえ立っています。


お値段ですが・・「4980円」ですと言われました。

長岡で購入したドラムカン

僕のデータではおよそ1万円ほどだったので
安すぎると思い、良く見ると
塗装に傷があって、安い理由がわかりました。

「かえって良かったな〜」と思いながら
「アッ ハイ それお願いします」と言いました。


探していたものが、
ようやくゲットできたのでした。
さすがに大都会長岡だった!


でも、上も下も穴は開いていませんでした。
焼却用に使うのですから
自分で切るしかありません。


ジグソーで切れますか?と聞くと
「いや〜ジグソーでは無理だと思うので


タガネで切れるかも知れませんね」と
おっしゃる。


「タガネね〜」


そのあと、網を探してもらい
丈夫な4角いものを購入し
これも後で丸く切断することにします。

お兄さんが、「新潟は環境にうるさいので
もう販売は無いと思います」とおっしゃる。


代金を支払うと、台車に乗ったドラム缶を
車まで運んでくださり、
積み込みまでやっていただきました。


親切・丁寧なおにいさんには
頭がさがります。

「ご親切、痛み入ります」と言って
お礼申し上げました。


こんなに親切な店員さんに
初めて会いました。

寺宝温泉



このあと僕たちは炭酸泉温泉の
寺宝温泉に入り、もと来た道を
戻って帰ります。


途中、小国のコメリで
大きめなタガネ1本購入し帰りました。



ドラム缶作業


翌日、天気良好で作業日和。


今日はドラム缶の上の蓋をタガネで
叩き、外す予定です。


早速、昨日購入したタガネを縁に当て
大きめのハンマーで叩いてみた。


「ドーン・ドーン・ドーン」と
寝てる子も起き上がるほどの
ものすごい音が部落中に響き渡った。


それで・・・
音は凄いけど、、
少しも切れてる様子は、「な〜〜〜い」


「歯が立たない」とはこのこと。


「ショッ〜〜〜ク」

こんなはずでは無かった。


以外なほど缶は厚く、
丈夫に出来ている。


それもそのはずで
ガソリンやオイルを入れて
転がして運んだりするものだからね。


普通は丈夫でなければ困ってしまう。


安全第一が基本中の基本というものだから
「納得で〜す」


やはりジグソーでも無理そうなので
僕は最後の切り札を取り出した!


そうですヨ
それは前回パイプの切断でも使った


ディスク・グラインダーの登場です。
「これでフタが切れるんか?」


正直コワイ・ビビル・アチチ


これでダメなら鉄工所へもっていくしかない。


「でもやるしかない」


危険なのは承知の介だから
メガネとマスク、ゴムの手袋して
長靴はいてと・・

ディスクグラインダー

スイッチ・・・ ON

「ギュイーン」 グラッ


「回転トルクで腕が引っ張られるで〜」


缶を横に倒して
直角にまっすぐに刃を恐る恐る当ててみた。


ギギギ〜ンと凄い音
それに、花火のようなオレンジ色の火の粉が
飛び散り、長靴に飛び込んだ。


「アチアチチチ〜」

蓋切り作業中



「おお〜やっぱり凄いの〜」

「この機械でも簡単には切れん」


本当にタフなドラム缶


「少しずつ・少しずつね」


焦らず・ゆっくり・ジジジ〜ン パパパパ
それにしても火の粉が綺麗!


でも今は感心してる場合ではない。


ようやく缶の3分の1ほどを切ったところで
「あれれ・火花が出んぞ〜」

火花出ず



ハードな仕事なので、多分ディスクが
降参してしまったようだ。


「これはいけません・いけませんよ」


「ガックン」となってしもうた。



結局、十日町のムサシまでディスクを
買いに行くはめに
あいなったのでござる。

NGになったディスク



一番丈夫な硬いステンレス切断用の
10、15、18、23と
4種類あった内の一番グレード番号が高い
23といものを5枚購入した。

「15、16、17と私の人生〜暗かった〜」
過去はどんなに暗くても〜
夢は〜夜ひらく〜」

「歌っている場合ではな〜い」



値段も一番高い1枚205円で
5枚で約1000円チョット。

23とは23分間使えるのかもしれないが・・

というわけで
作業が目出度く続行した。

作業を再開すると、刃の違いを直ぐに実感!

先ほどより切れるのが早く、
おまけに綺麗に切れるではないですか。

やはり、205円するだけのことはある。

いくらやっても火花は出続け、
刃を交換すること無く、

全部を切り終え、蓋が見事に
外せたのでした。

蓋取り一応完了

「ヤッター」


「パチパチ」「おめでとうございまする!」


と、喜んだのも束の間。


「炊き口を切らねばならんね〜」
「どうするん?」


思案の挙句、

下から2cm上方向のところから
約15cmほど4角に切り抜くことにした。

マジックペンで下書きしてから


作業再開し、慎重に刃を当て始めた。


「ギュイ〜ン ・ ギュイ〜ン」


こんどは側面のためか、
以外にも簡単に切れた。

焚き口も完了



なんと無く焼却用らしくなりました。

あとは、網を丸い缶にはいるように
ワイヤーカッターで作りますが
次回の作業になりそうです。


でも蓋が無いと錆びてしまうので
探してみたら漬物樽の蓋はどうか?と

乗っけてみたら、チョイ小さかったので
仕方なく作ることに決定!

以前に購入したブリキトタンがいっぱいあるので
2階から下ろしてきました。

トタン板

ペンで形を写しました。



切り抜くのはそれより5cmほど
大きくするのですが


目分量でペンを走らせ
金物ばさみで切り抜きます。


丸くなったブリキ板の端に4cmほど
はさみを入れておきました。

金切ばさみでチョキチョキ
ペンで蓋の型どり









とりあえずこんな形に・・
蓋のサイズより大きめに切ります













それを缶の上に乗せてから
手でグイグイ押しました。


そしたらこんな感じになり
下をVの字に切れば良いことが判明。


今回は時間が無いの次回来た時に
整えることにして、畑の手入れ作業を
さらに続けます。


来月にはドラム缶焼却炉を
完成させないと、何ともなりませんが


構想が決まりましたので、
あとは道具を持ってくるだけです。



下の火口にはブロックを置き
その上に網を入れ込めば完成です。


4角い下口から入る空気で、
中に入れた枝などが綺麗に燃えるはず。


ということにしておきます。





畑を見ると玉柘植が邪魔になり
奥に咲いているモクレンの花が
よく見えなかったので

フキの葉群

大胆に切ることにしました。
下には大きな石がありますが
気にしていられません。



それに畑のあちこちにフキの葉っぱが広がり
植えた「すずらん」も、いつの間にか
行くえ不明になっている。


「ここも大胆にいきまひょう」


と、アチラコチラの蕗の葉をむしり取りました。

現れたすずらん

すると、「すずらん」ちゃんが現れて
僕たちはびっくりしました。


まさかこんなところに隠れて
元気に生息してたなんて感激で
涙が・・・


でませんでしたが「嬉しいの〜」
これは背丈が低い「日本すずらん」ですが

「西洋すずらん」という種類があり、
それは背が高く大きくなります。


玉柘植もほとんど切ってしまったので

赤いツツジの横にあった玉柘植

とてもすっきりして
風通しも良くなり、モクレンの
花もよく見えるようになりました。


こうなったら不要のウドも
切ることにします。


ウドはアッという間に大きくなるので
小さい今の内に切らないといけませんヨ。

ウドを切ります
右奥にもモクレン










ようやく畑がすっきりしたので
今度は玄関右上の雪囲の十手を


錆びさせないように、
錆止めを塗りました。

玄関右の雪囲い十手の錆止めぬり



作業が続き
もうシンドイです。
「勘弁。ご勘弁を」おねげ〜しますだ。


なんとか2度塗りまでやり
全てが完了いたしました。

錆止め塗り

もう汗ビッチョリなので
水を飲み飲み、シャワールームへ
まっしぐら。🚿



シャワーを浴びたあとは
一通り畑をチェック!


おや?こんなところに

下の畑
じょんのびカエル











「じょんのびカエル」くんが・・いたんだね。


下の畑にはジャガイモの葉が大きくなりつつ
がんばっています。


上の畑ではモミジの木には青々とした
葉がいっぱいついてます。


ふと、気がつくと、切り取った枝の元に
「サルノ腰掛け」があるではありませんか。

モミジに着いたサルノコシカケ

猿の腰掛けとは良く言ったもので、
横に広がるキノコですが


薬用にもなるキノコで有名です。

サルノコシカケはきのこの一種です。


でも普通のきのこは,季節が来て
発生するのにサルノコシカケは、
一年中生えているのです。

枯れた木や、枯れて倒れた木に
発生することが多いのですが、
生枯れ木にも発生します。

上の畑のサルノコシカケ



大きいサルノコシカケの仲間は、
木に発生している状態が半円形の形をしており、


ちょうどサルが腰をかける イスのように
見えたことから、


この仲間がサルノコシカケと
呼ばれるようになりました。


サルノコシカケの仲間は多く、
いろいろな名前の
サルノコシカケがあるようです。


これは「モミジサルノコシカケ」と
いうかはわかりません。

サルノコシカケは漢方では上薬とよばれています。

上薬とは、副作用も毒性も
まったくない薬のことで、
毎日、長く服用できるものを言います。


ですから病弱な体質、虚弱な体質などが、
健康で対抗力のある体質に変わっていきます。


一つの病気を抑えるというのではなく、
体の中から全体的に正常化を促す効果を持ち、


根本から病気にかからない体質を
つくっていくと言われています。


とりあえず、どのくらい大きくなるのか
見て楽しみましょう。






信州へ


信越道の駅

今日は静岡へと帰ります。
でも、そのまま帰るのではなく
寄り道しながら帰ります。


前回、糸魚川から国道で
松本方面を通りましたが、


今回は上信越道を通り、
東部湯の丸ICを出て
長野県東御市へと向かいました。


本来、海野宿へ向かう筈が
なぜか?春原家住宅へ到着してしまいました。


長野信越の山

春原家住宅



ナビにセットした番号に
間違いがあったのだが、それはそれ、


住宅を見てから海野宿へ向かえば良いので
これも縁というもの。


狭い道の角にそれらしい表示があり
超狭い道を30mほど下がった右側に
その古民家があった。


この辺りは長野でも少し高台になっていて
東御市を眼下に見渡せる場所だった。


春原家住宅側面より

入り口には重要文化材 春原家住宅とある。


文献によると、春原家の先祖は江戸時代初期から
この地に住み、17世紀後半から18世紀初め頃には


名字を許され、300年以前にすでに40数坪のこの
建物が建てられたという。


単なる農家ではなかったと言われている。
解体修理は昭和55年〜56年で建物の年代を示す
ものはみつかりませんでしたが、

春原家住宅正面

細い小屋梁を使用し、居室部が閉鎖的である点から
17世紀末の元禄頃の建物と考えられている。


この建物は南に面し、寄棟造の茅葺きで、
規模は桁行10間半、梁間4間半の
広間型です。


間取りは、西に床上部、東には桁行6間
梁間4間の土間となっている。


床上部には、南面して西からザシキ、チャノマ、
北側には西からオヘヤ、ネドコ、キタノマがある。

間取り

















建物の構造は、開口部が少なく、内部には
上間と下間にわかれ、柱は上屋では2間ごと、
下屋部分は1間ごとに礎石の上に建てられています。

入ると土間が・・




注目されるのは土間の4本の
太い上屋柱(A・B・C・D)が


独立していることで、これは特に
古い民家に見られる建て方です。

馬屋



小屋組は材を合掌形に組んだ叉首組(さすぐみ)で
特に下屋部分の追叉首などはこの地方の特色です。


また、垂木は叉首の間に木の垂木1本を納め、
他は竹垂木とし、母屋の棟木に
縄がらみされています。

囲炉裏があるチャノマ



この住宅は長野県東南部の住宅様式の特色が良く
現れていて、年代がきわだって古いことから


昭和48年、国の重要文化財の指定を受け
保存修理工事を経て、建築当初の姿として
現在に至っています。

奥側

家の中には生活物資や道具はなく



由一残されていたのは家の作り付け、
善棚1つだけが当時の生活を忍ばせる
唯一のものとおもわれます。

意匠の水文字

その善棚は埃にまみれて見えますが、
そのデザインはシンプルで美しく
かけがえのない姿を残しておりました。








表側
東御市方面眼下を望む









カッテ
蔵









床下
側面より









善棚
表斜めより












善棚の明かり取り飾り









善棚の明かり取りの文様が
面白いので拡大してみました。




以上 長野県東御市和の
重要文化材 春原家住宅でした。




海野宿



春原家住宅近くの農家らしい角の家へと
軽トラが入っていったので


おじさんに海野宿はどこですか?と
お聞きしました。


「この道をまっすぐ行って右へ行き、
部落の中ごろを左へ行けば行ける」
とおっしゃる。


正直、よく解らなかったが、お礼を言い、
道なりに行くと、おばあさんがいたので
またしても聞いてみました。


するとこの道ではなく
下へ下へ行くんだよと
教えてくださいました。

海野宿



なるほど〜実に分かりやすかった。
90度方向が違っていた。


信号の広い道に出たので右へ曲がり、
やがて看板が現れた。


「海野宿入り口」のところを左へ曲がっていくと


右手にそれらしい駐車場が見えたので
そこへ駐車。

海野宿

どうやら到着したようだ。


歩いていこうとしたが、まーちゃんの
足が痛くて無理というので断念し、


横にある店に、おばちゃんがいたので
車で通れるかを聞いてみました。


「車は止まれないけど、車で行けるから
後ろからピーッって鳴らされても
ゆっくりノロノロ行けばいいよ!」

白鳥神社



やさしいおばちゃんに
入り口を教えられ入って行きました。


ついに海野宿へ入って行きます。


「ここが、重要伝統的建物群保存地区
信州・北国街道、海野宿か〜」


「なるほど〜」

北国街道・海野宿

さすがに道は狭く、すれ違いは
ギリギリで止まってしまうと


怒られそうですが、写真を撮ったりしながら
昔の家並みを堪能します。


新潟の村上市内の宿場も見てきたけど
ここは古い家がそのまま残っていて
数も多いような感じがします。

海野宿

まず、目についたのは入って
すぐ右手にある白鳥神社。


海野宿の産土神でもある白鳥神社は、
海野氏、真田氏の氏神として祀られた


日本武尊の伝説を縁起とする歴史ある
神社とある。


戦国の名将真田氏の発祥の地であり、
平安から鎌倉時代までの永きにわたり
その本領であった。

海野宿



海野宿の歴史を紐解けば
寛永2年、(1625年)に北国街道の
宿駅として開設されました。


北国街道(ほっこくかいどう)は、中山道と
北陸道を結ぶ重要な街道で、佐渡で採れた
金の輸送や、北陸の諸大名が参勤交代で


通った道であり、江戸との交通も頻繁で、
善光寺への参詣客も多くありました。

画像の説明



田中宿に隣接して海野宿が置かれたのは、
旅人の往来が激しかったためでもありますが、


海野の集落は中世における東信濃随一の豪族
海野氏の城下町であり、それとともに


依田窪方面や、松代からの道、祢津からの道が
結集する交通の要衝にあたり、毎月6回もの

画像の説明

市が開かれていた交通・商業中心地で
あったためなのです。



はじめは田中宿のあいの宿として問屋だけが
置かれ、公道の輸送を任務としていました。


伝馬の仕事は半月交代でつとめ
人足25人と25頭の馬が常備されていました。

画像の説明

宿場の東と西には枡形が置かれ、
東の枡形には番屋がありました。


延長約6町(650m)の街道の真中に
用水を引き、北屋敷、南屋敷の両側に


家並みが続き、上宿・下宿に
別れていました。



画像の説明



海野宿の街並みは江戸時代の旅籠造りの
建物などと、明治以降の養蚕盛んなりし頃に


建てられた蚕室造りの建物がよく調和して
伝統的な家並みを形成しています。


出梁造りの建物は現在5件ほど
残されています。

画像の説明



また、防火の役割を果たす卯建(うだつ)には
幾つもの種類があり、それぞれの時代の特徴を
現わしています。


多くの家の大屋根の乗っている
小屋根は養蚕のために明治時代に造られ


家並みのなかには歴史の移り変わりが
よく現れています。


馬の水飲み石

道の中央を流れる用水、その両側に
立ち並ぶ格子戸のはまった美しい家並みには





歴史のふる里を想わせる静かな
たたずまいを感じさせてくれます。



画像の説明




海野宿には格子戸のはまった家が
続いていますが、1階の格子戸は明治以降に
造られたものが大半です。


2階格子の多くは出格子になっており
長短2本ずつと交互に組み込まれ
海野宿特有の美しい模様を織りなしています。


これらは、江戸時代のもので
「海野格子」と呼ばれています。

格子戸の家

1階よりも2階のほうが張り出して
造られた出梁造りの家がありますが、


これは江戸時代の旅籠屋で、突き出した
梁に美しい模様が刻まれた建物もあります。



明治時代に入ると整糸業が盛んになり
長野県、ことに小県地方は生糸の景気で
活況を帯びてきました。


それに伴い、海野宿は宿場の街から
養蚕の村へと変わっていきました。


蚕の飼育には保温が大切で、火を室内で
焚いたため、小屋根と呼ばれる煙だしの
気抜き窓が大屋根の上にとりつけられました。

小屋根のある家

ここ小屋根は下からヒモで引っ張って
開閉できるようになっています。




この海野宿には資料館や
懐かしの玩具展示館、うんのわといわれる
喫茶・レストランなどもあり、


伝統的文化理解に寄与しております。
他にも、古美術店もありました。

お店

車上からの見学なので、それらの
資料館などへは寄れませんでした。


またいつか来たいと思います。


この後、僕たちは
国道125号線を通り、諏訪湖へと
向かいました。




車は、しなの鉄道線に沿って走ると
やがて素朴なたてものの大屋駅に来ました。

画像の説明



駅を右手に見て、まん前を左に曲がると
近くを流れる千曲川の橋を渡りました。


あとはどこまでも道に沿って
諏訪ICを目指して走ります。


といっても、ナビに言われるままに
素直に行くことしかできませんが・・


途中、大きな道の駅があったので
休むことにしました。

みちの駅

看板には「マルメロの駅ながと」と
書いててありました。

とても広い所で、温泉施設や
食事ができる建物や、物産館、野菜販売等
いろいろあります。


物産館の前横には懐かしい
3輪自動車があり、今でも
活躍してるのでしょう!

三輪自動車

ここではおせんべいや、
お茶などを購入し、さらに車は
南下していきます。


それにしても広大な道の駅で、
中央あたりには役所の建物もあって
フンムキをブチ壊しているかも?

マルメロ道の駅

車は少しずつ山の中へ入り、
緑が茂る道へと入って行きました。


時計はすでに13時近くなり
血糖値も少しおちてきたようなので
レストランへ入ることにしました。


車がたくさん停まっていたところがあり、
特製カレーとか、手打ち蕎麦の看板が見えた。

天気良好・緑濃し

ちょっとUターンして
「ウォールデン」という丸太小屋の
レストランへと入ることにしました。


中へ入ると外国人が大勢いて
外にもお客さんがお蕎麦を食べていて
店はてんてこ舞いの状態だった。


「こりゃ〜時間がかかりそうだわな〜」


二人とも、ビーフカレーを注文し、
外国の方々が帰ったあと
ようやくカレーが届きました。

画像の説明



店主が待たせたことを恐縮して
コーヒーをサービスしてくださった。


「ゆっくりしていってください」と
言ってくれた。

美味しくコーヒーを飲み終え、
店を出ると、すでに14時になっていた。


店の前は林になっていて
春ゼミが「ジージージージー」と
騒がしく鳴いている。

店の前の森

急に僕は昔の事を思い出した。


店の名前は「ウォールデン」といい
きっと店主が好きなのだろう。


30年も前になるが、僕もヘンリー・ソローの
「ウォールデン 森の生活 」という本を
読んだことがあり、


アウトドアに多くの人たちが魅せられた。


今から180年以上昔、
アメリカはマサチューセッツ州

レストラン「ウォールデン」

ボストンの近郊、コンコードの町に近い
ウォールデン池のほとりの森の中、


ソローは自ら建てた小屋で、2年3カ月、
独り思索と労働と自然観察の日々を過した。


人間の生活における経済の理念をはじめ、
人生のあるべき姿や精神生活の大切さ、


森の動植物への情愛などを語りながら、
彼は当時のアメリカ社会と人間を考察し続けた。


物質文明の発展が問い直されている今日、
ソローの思想の持つ意味はますます大きい。

D・ヘンリー・ソロー



日本では、代表作『ウォールデン―森の生活』は、
明治44年(1911年)に水島耕一郎 によって


翻訳出版され、21世紀の現在に
至るまで多くの訳書があり、

ウォールデン森の生活

代表的な翻訳は十 数冊(
抜粋訳等を含めると約30冊)ある。


その思想は後の時代の詩人や作家に
多大な影響を与え、当時、だれもが
感動したものだ。


このお店の店主も
その一人なのだろう。

分かります。その気持ち。


この本、Amazonで文庫本が安く
売られているので、若い人に是非
読んでもらいたいものです。



白樺湖

レストランを出て
急坂の折り返しを下り
車は白樺湖へ到着。


初めて見る春の白樺湖の中央あたりは
低い島があり、そこに白樺と思われる
木々が立ち並んでいて気持ち良い。


すぐ前の小さな藪には「ヨシキリ」が
「ギー ・ギョギョ」と盛んに鳴いている。



ツーリングでの立ち寄る
ハーレーダビッドソンバイクのおじさん達も
「ボーッ 」と 白樺湖を眺めていた。




白樺湖



















今月もご欄いただき
ありがとうございました。





6月へとつづく




powered by Quick Homepage Maker 5.3
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional