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古民家の改修6


妙高高原PA

古民家の改修6



2011年 10月

この頃は少し涼しくなった10月9日、
私達は新潟へ向かいました。

車が山梨県に入ると寒くなり、ヒーターを入れて
丁度良い具合に背中がぽかぽかします。

僕の車は、寒冷地仕様なので、こんな時は便利です。
道の駅「たけのこ」で朝食を取って増穂まで走ると


珍しく、朝市ののぼりが有りました。
チラッと骨董店が目に入り、
寄って見る事にしました。

矢立て



「野菜」や、「柿、りんご、みかん、ぶどう」それに
「おまんじゅう」などがたくさん売られていて
大賑わいです。


焼酎をウイスキー風味に変えるオークの
サイコロのようなものまであります。


骨董店は4店舗出ていました。
ここで超レアの矢立てを見つけました。


矢立(やたて)とは、
筆と墨壺を組み合わせた携帯用の筆記用具一式です。
江戸時代の旅の小道具ですね。


一見喫煙パイプ のような形をしています。
墨壺がついているため、出先で即座に筆が使えます。


これは筆と墨つぼが入るもので、
昔の商人などが持ち歩くための物です。
今の万年筆みたいなものです。

矢立て



普通は丸い筒と炭壺だけのものが
多いですが、見つけた物は

お面と、先端は龍の顔が彫られ、
雲文様まで浮かせ彫りされていました。


お面は、実に日本的で面白い顔をしています。
四角の筆入れの中央には左右の切れ込みがあり、
入っている筆が確認出来るように作ってあります。


雲文様も龍に合わせてデザインされていました。

それも片方2か所で左右にあります。

見れば見るほど凝っていて、持つと
ずっしりと重量感があります。

矢立ての中央
このようにフタを開けて筆を取りだします













そして、本来、根付けが付くところには
おもちゃの「ひょうたん」が付いていました。

これは、悪い冗談で誰かが付けた遊びです。


で、値段を見ると17、000円と貼ってありました。
「う~ん」いくら良い物でもこれでは
手も足も出ません。

雲文様

そこへ丁度「まーちゃん」が通りかかり、
「え~」「こんな朝早くからそんな
お金持ってる人なんかいないよ~」と
叫んだので、店のおじさんが

「じゃ~1万にするよ!」といって
くれたので、即、買うことにしました。


それでもおじさんは嬉しそうな顔をして
袋に包んでくれたので、僕も安堵し、
久し振りの掘り出しでニッコリしたのでした。


で、これを何に使うのか?と言われても
使い道はありません。


ただ持っていて楽しいものというだけです。
興味無い人には実にツマランものでしょうが
僕は江戸のロマンを買ってるのです。

矢立ての全形



見たり、眺めたり、触ったりして楽しみ、、
コレクションとして、一時預かるのです。




そして「まーちゃん」は大きなお皿を2枚
買いました。


そのお皿はジバンシーのお皿ですが
アンティークのもので、オーバル型をしていて、
ふっくらと、実にやさしい形をしています。


周りに半丸の青いデザインがシンプルで
お皿は厚くてしっかりしています。
長い部分は35cmぐらいあるでしょうか、


あまり素晴らしかったので
高いと思いきや、
跳んでもはっぷん!超安値。
ここでは「いえね~いえね~」です。


この頃は目が利くので、私もオチオチして
居られなくなりました。

矢立てのフタ部分の彫り物

ま~嬉しい誤算ですが・・

結局、ここでは「おまんじゅう」等も買っていたら
30分も経っていました。

何時までも、のろのろして居られません。
先を急ぎます。



高速でも何故か時間がかかり
今日は豊田飯山で降りないで
高速で行くことになりました。


お昼はSAで採り、高速を降りて食料を買ってから、
「じょんのびあん」には13時30分ごろ到着。

10月のじょんのび庵

早速シャワーの電気温水器をセットし、
しばらく休んだ後お掃除開始。



1カ月以上留守をすると
クモの巣が張ってあったりするので
取り除き、窓を全て全開して新鮮な空気を入れます。


周りの緑を見ると途端に静かな別世界が訪れて
気持が田舎人になれます。
この感覚がたまりません。

「じょんのびカエル」のケロちゃんも
お出迎えです。

じょんのびカエル


翌日、朝食を済まして早速、作業開始。
先月、部落の方に頂いた自在を取りつけます。


しかし、竹の先端の木が無いので
家に釣り下げ出来ません。そのために
竹の先端に木の棒を取り付ける作業します。


竹にピッタリ通る木を切り、一応ステイン塗装します。
ステインは木目を生かして塗装出来るのが特徴です。
材質が2種類あり、顔料系と染料系があるのですが


顔料系ステイン
自在
















染料系は色落ちし易く、その上、変色し易いのです。
一方、顔料系ステインはその心配が無いすぐれものです。

自在が子ダンスの上へ

しかし値段が倍ほどしますが。でも一度顔料系を
使うともう止められません。


今回はウォルナット色を使いましたが
どう見てもオーク色に近い色でした。


メ―カ―によってこれほど違ったりします。
塗った後、乾かしてから、大広間に釣り下げたら、
とんでも無く竹が長かったので困りました。

画像の説明

中央の上から吊るしたところ水屋の裏に
自在が隠れてしまいましたので、左にずらして
水屋の左側へ鉄自在が見えるようにしました。

下に子ダンスを置いてあるのですが
今いち、しっくりしません。


何か無いものか?と探すとピッタリの
木の火鉢があるのを思い出しました。
以前頂いたもので、黒く塗装しておいたものです。


セットしてみるとこれがまた、「ピッタリ」と
フィットしました。


それに火鉢の上に照明を置いてみると
イイ感じですが、落ちそうなので

自在は火鉢の上へ、照明器具台も取り付けました

専用台(合わせて作りました)を取りつけ
そこへ照明器具をおいたので
安定しました。その上、見栄えも良好です。


まさかこんな時に火鉢が役立つとは
思ってもいませんでしたが、実に不思議です。
頂いたものは必ずピッタリと役立つのです。

タナカのお姉さんに感謝、感謝です。





うぶすなの家

翌日も天気良好です。
何処か行くところがないかな~と

パンフレットを見ていたら「うぶすなの家」というのが
目に止まり、電話すると営業しているというので
行って見る事にしました。



パンフレットによると、陶芸と関係ありそうで
陶芸家が作った器で食事が出来るようです。



十日町で、少しだけ山を上がった所のようです。
ナビをセットし走り出すと、117号から右に入り
10分ほど山を上がった所でした。

うぶすなの家


細い道をあっちこっちと曲がり、
ナビが無いとほとんど無理と思われるような
所です。


駐車場に車を止めると、高台に茅葺の家が
あったので、すぐ分かりました。

中へ入って行くと、お客さんがいて
これから食事するようです。

東京の方で家族で来ているとのことですが
もう4回目だそうです。

陶器の囲炉裏でお茶を・・

ここはいかにも都会のひとには喜ばれそうな
雰囲気で、自然に囲まれた
超静かで日当たり良好な場所です。

メニューは3種類で餃子定食、ハンバーグ、煮物です。
おすすめを聞くと餃子というのでそれを1つと
ハンバーグを1つを頼みました。


まーちゃんと半分ずつ食べるつもりなので。

料理も田舎の人なら美味くも何とも無いでしょう。
山で採れる山菜などがメインに入っているからです。

陶器をちりばめたお釜

見学するには一人500円というので
お願いしました。

店の入り口は横からで、いきなり「お釜」が
目に入りました。

陶器の焼き物を入れ込んで作った釜です。
煙突も陶器で囲ってあるのか?


意味不明ですが・・
やけどの防止かもしれませんが
見栄えは感心しません。

陶器の壁?

料理が出来るまで家の中を見ていると
お茶が出たので、陶器の囲炉裏を前に
腰をおろし、眺めながらお茶を頂きます。


おばちゃんは、気さくに話かけてくれて
「うぶすな」の由来を教えてくれました。

「うぶすな」とは土の神様の名前だそうです。
道理で、陶芸にちなんだ命名です。


正しくは土地を守ってくれる神様の事で、
「産土神」といい生まれた土地を領有、守護する神
らしい。

床の間












この神様を「 産土 ( うぶすな ) の大神様」といいます。
あなたの一生の守り神です。

あなたが生まれる前から生涯を通して、
そしてなんと死後に渡っても

あなただけを守って くださる、
とってもありがたい神様なのです。

本来は床板を木の壁としている

この神様は一生変わることは無いらしい。


そもそも誰にとっても、それぞれの
「産土神」がいるのですね。

日本人は沢山の万(よろず)の神に
守られているのですね。





このあたりの冬は雪がどれくらい降るのか
訪ねてみると、「こんなに降りますよ」といって
写真を見せてくれました。


こんな山の中でも、道の雪を機械で
退けてくれるという。

写真による冬景色

4メートルは雪が積もっていたようです。
特に今年の1月、2月は大雪でした。
これではまるで、立山みたいです。


しばらすると、料理が運ばれてきました。
餃子の中味は普通と違い、山の山菜が中心で
ウドやコゴミ、ぜんまい、フキなどで


都会人がターゲットなのが分かります。
田舎の人は自分でいくらでも山の山菜を
食べているからです。

画像の説明

器は陶芸家が作ったものを使用していますが
陶器は磁器と違い土の為欠け安く、
取り扱いが悪いと直ぐ欠けてしまいます。


石の粉から作る硬い磁器のようには
いきませんが、陶器は柔らかさが出ていて
とてもいいものです。

東京からの家族は美味しいごはんを
何度もお変わりをしていました。


ハンバーグと餃子を半分ずつ食べましたが
ハンバーグはチョット引きました。
やめておいたほうが無難です。

画像の説明

田舎の人はサービス精神がおおせいで
なんでも山盛りにしてくれるのですが


ここのおばちゃん達は陶芸家に
「器には少しを盛るんだよ」と言われていると
教えてくれました。


食材を盛る時、ちょっとにしないと、
器の文様が見えなくなるのです。


確かに料理は器が非常に重要です。
どんなに美味しい料理でも
器が悪いと美味しそうには見えません。

バラが控えめに!

北大路魯山人の気持ちが痛いほど
分かりますね。


良く見ると色々な綺麗な焼き物で
ちょっとずつ盛られていました。

食事の後、家の中を見せてもらうと
いろんな所に花がきれいに活けてあります。


非常に上手に活けてあり、花の
気持がよく表れている感じです。

「花になったつもりで活けてある」
そんな感じがしました。


こちらは花ではなく、茶道具です

器との融合というか一体化されてるような
そんな感じです。
とても自然な感じです。


こういった美しいものを見ると
心が癒されます。

白州正子は、「花は活けてはじめて花に成る」と
いいました。

「花は野にあっても生きているのに違いないけれど、
部屋に飾った時、ほんとうの生命を得る」とも・・

「器と花」だけでは美しさ生まれません。
それを生かす背景もそれ以上に大切ですね。

そう言えば、床の間も後ろをガラスにしてあり
光を取り入れてありました。

床の間に飾られたお花

面白い工夫です。
竹古舞のような演出もおもしろいと
思います。


この器は「うずくまる壺」の現代版ですね?


「じょんのびあん」の床の間にも
違った形で何か考えねば・・



本を読むことはとても大切ですが
人間、経験や体験のみが
成長を促すような気がします。


ガマの穂が・・



抹茶茶わんも一つ展示されていました。
展示だけでなく、
いっぷく頂きたいところです。



抹茶ちゃわん









おばちゃんが、お風呂場も
見てくださいというので
見せてもらいました。


ここも陶芸家が作ったお風呂で、実に赴きがあります。
タイルが渋くてイイ感じです。


湯船は陶器で出来ています。

形も色も良いです。

遊びごごろと、赴きが一体し
面白いので、一度入って見たいです。

お風呂場
陶器の湯船













洗面所の手洗い陶器は黒色ですが、
小さな花が良いバランスで散り
女ごころを和ませるでしょう!

陶器の水受け?鉢


正面に鏡を置かないで、横にあるのも
良いアイデアと思います。


正面にあると、どうしても全体としての
バランスが悪くなるかも知れません。

洗面所

それに洗面台に近過ぎてしまうので
そうしたのかも・・

下にある、目の粗い脱衣籠?が雰囲気を
醸しだしてます。

これは昔、脱穀したお米をこのカゴへ入れて
葉っぱや、茎などを取り除くための
カゴです。

「じょんのびあん」にもありますが
タナカのおばあちゃんから聞きました。



2階の階段箪笥
お釜のエントツ












画像の説明

「うぶすなの家」を出た後、車で上へと走ってみると
小さな部落がありました。米農家がほとんどで
トラクターやコンバインが目に付きます。

有名な神社があるというのですが
寄らずに帰り道を下ります。

下に降りてからは十日町のスーパー「ハラシン」で
買いもの、僕は「コメリ」でディスクグラインダーを
購入して帰りました。







家へ帰ると先月の排水管工事の続きに
取りかかりました。


セメントを追加して固めます。
そして、固まったところで、角や飛び出ている石の
角をディスクグラインダーで削ります。


グラインダーは「マキタ」製で7980円で
購入したものです。

マキタのディスクグラインダー

他にも「日立」や「リョービ」が
ありましたが、使いやすさや、安全性でやはり
「マキタ」にしました。
ディスクのサイズは100mm用です。


「日立」は少し安いけれど、持つ所が太くて
疲れやすそうです。
結局マキタに決定!

電動道具は「ボッシュ」と「マキタ」が
僕のお気にいり・・



多分、ディスクも付属しているはずですが
一応、石材削り用と、金属切断用など
も余分に購入しました。


箱を開けてみると、鉄鋼削り用のディスクが1枚
付属されていました。

やはり石材削りディスクを買っておいて正解でした。

セメントが固まるのを待ちます

同じディスクでも切断用は裏と表がツルツルしていますが
削り用はディスクの中央が膨らんでいるので
見ただけで判断で出来ます。


店頭にはその他、プラスチック用など
いろんな用途のものがありました。



早速、作業に取りかかりました。
セメントを用意して道路側まで
を継ぎたします。

画像の説明

垂れないように木板で抑え込み
しばらくこのまま待ちました。


数時間於いたあとに、削り作業をします。
一応説明書をよく読み、保護用メガネと
マスクをして作業開始。


スイッチをONにすると遠心力で手が
「ぐらっ」ときてディスクが
12000回転/分 で回転しました。


モーターの回転音も以外と大きな音で
耳に付きます。

削り作業中です



こんな静かな場所なので、きっと
周りからはびっくりされそうですが、
隣の家は離れているので気にしないように
少しずつ削りだしました。


「グイーン・グイーン」というけたたましい音と
ともに煙が出て、そのあと顔じゅうに小さな石が
バンバン当たり、痛いのなんの!


でも長い時間ではあるまいしと思いながら
やっていると直ぐ終了しました。

仕上げはあまり格好いいものではありませんが
これで雪よけ機械がきてもすり抜けられるか
どうかは微妙ですが、一応OKとしました。

完了しました

もしだめなら次回はシンプルに作り直すつもりです。

部落の「チョウスケさん」によると、
排水の調子は良好なそうで、水も、葉っぱなどのゴミも
道路には出ないとのなので「いいよ」といって
くれました。


以前は、道路へ水が噴水のように噴き出て、
しかも、枯葉が山のようにたまっていたのが
なくなりました。
良かったです。


あとはセメントが完全に乾けば
白くなり、見栄えが少し良くなります。





帯戸



このところずっと天気が良い日が続き、
作業が進みます。

今日は朝から戸板を塗ります。


玄関入った直ぐ右にある、4枚の帯戸板のうち
2枚が白っぽくて、不自然だったので
ステイン塗装をします。

薄いゴム手袋をしないと
指やツメが黒くなるので
必需品です。


こうして戸板を立てて塗装するのは
ステインが垂れてしまい、塗りにくいのですが
ハケを動かすにはいいので、つい
このようにやってしまいます。

ハけ塗り作業



見た感じで、2回塗り重ねました。
お日様が出ると早く乾くので
塗り重ねには助かります。


乾かないうちに塗り重ねると
塗料が乗りにくく、かえって
薄くなってしまうことがあるので
注意して作業します。


余った塗料は紙コップから
缶へ戻して終了です。

色のトーンが揃いました

このまま、数時間乾かしてから
さらに数時間置いておくと
油性の匂いが大分飛びます。


全く匂いがなくなるというのではありませんが・・
このシンナーのような匂いは
身体にはよくないので
塗る時にも注意します。

画像の説明

すっかり乾いたあと部屋に入れてみると
予想どうり、4枚の板戸の色が合いました。







このあと部落の「アブラヤ」のおじいさんと
おばあちゃん、それにタナカのおばあちゃんの
3人がお茶飲に来てくれました。


最近は「カメムシ」が異常に多く発生していて
玄関網戸や家の中にもカメムシがいっぱいです。


けっこう沢山、下にも落ちていますので
歩く際、注意しています。

カメムシの背中へテープを充てるとくっ付きます

そんなカメムシを上手に取る方法を
教えてくれました。


カメムシは動作が鈍感なので
「ガムテープ」を使うそうです。

まず、5Cmほど手ではぎ取り、
カメムシの背中に当てると、簡単に捕獲できます。


そしたら、テープを折り返して餃子を包むように
カメムシを隙間なく包んでしまいます。
これだと匂いも一切しないし、動けないです。


あとは、そのままゴミ箱へ・・

餃子のように包んでしまいます

早速やってみましたら
実に簡単に捕まえられました。


ガムテープは、薄いものが
ちぎり易く、しかも一番安いガムテープが
丁度いいのが分かりました。


同じガムテープでもあくまで
一番安いものが向いています。

お年よりの知恵はさすがです。
感心しました。

よくある、緑色や白色の「養生テープ」では
くっつきませんの駄目でした。

カメムシでお困りのかたは一度
試してみてください。





秋の味覚

お年寄り達が帰られたあと畑にいたら
「でんねん」のお父ちゃんが車で通りかかり

大きなアケビの実をくださいました。
こんなに大きな物をみるのは初めてです。

お米作りをしているので、山によく行きます。
見つけたので取ってきたそうです。



僕も子供の頃、秋になると
山へ良く一人で遊びに行きました。

カラス瓜を取ったり、山いもを掘ったりと
里山が何より好きでした。

里山

多分、里山の風景にあこがれていたのでしょう。
今、思うと楽しい思いでがいっぱいです。


今、入院している、お隣りの師匠も山に入るのが
一番の楽しみとおっしゃっていました。
そんな師匠の気持ちが痛いほど分かります。


山は多くの恵みをもたらしてくれます。
栗やクルミ、山イチゴ、柿、キノコ等


師匠はとりわけキノコが好きです。
東北に奥さんと旅行へ出かけた時も
山へ行き、キノコ狩りをしたようです。

頂いた里芋、家の畑のひまわりの種

僕達も師匠と一緒に山奥へキノコを
買いに行ったことがありました。


その時はシーズンがやや早かったので
黄色のキノコ(名前は忘れました)しか
買えませんでした。


今、新潟県人は山へ入りキノコ狩り真っ最中。
「アマンダレ」というキノコを取りに行きます。

早速、部落の方からおすそ分けで頂きました。
ナスと一緒に味噌汁に最高らしい。



部落の方達はよく山で栗拾いをしますが
みなさん良く「ごはん」などに入れて炊くようですが

頂いた山の栗

「皮むきが大変なのに良くやりますね~」と
言うと、「簡単にむけますよ」とおっしゃいました。

そしてハサミのような「栗の皮き道具」を
見せてくださいました。

静岡ではまだ見たことがありません。


なんでもホームセンターで売っているそうです。
そしておばあちゃんが栗剥きの実演をして
見せてくれましたら、本当に簡単に出来るのでした。



次の日、「コメリ」に出かけ、「クリの皮むきバサミ」を
購入してきました。(値段は1680円でした。)
なんでも「栗くり坊主」と書いてあります。

栗くり坊主

歯が付け替えられるようになっていて
替え歯が一つ余分に付いています。
すぐれもののロングセラー製品らしい。


ホームセンター「コメリ」は農家相手専門の
お店なので農家が使いそうなものは
何でも置いてあるお店なので重宝します。

その上、「武蔵」より安く買えます。
つい最近、比較的近くの場所に
「コメリ」店がオープンしたばかりです。


ガソリン代が節約できるのでね。
少しでも助かります。



栗の皮むきバサミは
日本中から買えるようです。



ワンポイント
アドバイスにこんなことが書いてありました。

古くて乾燥した栗の場合は、
一晩水に漬けておくと皮が柔らかく
剥きやすくなります。

栗のお尻の部分から先に向かって、
皮の筋に沿って剥き始めるとやりやすい ようです。

2~3個むいて慣れてくると、
手加減で薄くも厚くも剥くことができます。

鬼皮だけを剥き渋皮煮も楽しめます。
 鬼皮を栗くり坊主でギュッとつまんで
むしり取るようにします。





秋の味覚
こんなものも頂きました。

不思議な食べ物?

食べてみるとお芋のようでもあり
ピーナツのようでもあり、
どんぐりのようでもあり、


結局よくわかりませんが、
なんでも糖尿病に良いそうです。
名前もわからなくて恐縮ですが・・




さて、今回の残りの工事予定は
先月完成させた床の間の修復が
終わったつもりになっていましたが


一か所だけ忘れているところがありました。
長押のしたの部分の裏にも青砂が塗ってあり
その砂がはがれて落ちてくることが判明。

木板を打ち付けました。



なので、砂落ち防止剤を吹きかけて
乾燥してから木板を張り、
落ちてこないようにしました。


普段は暗い場所なので、蛾などが隠れていたのですが
これで一切、蛾は入れません。


今回の工事は外の水路や
帯戸の塗装などをやりましたので
あとは遊びに出かけることにします。


明日も引き続き天気が良いので
魚沼市の「目黒邸」へ出かけていきました。

画像の説明



朝食を済ませたあと、試しにナビにセットすると
約2時間ほどかかります。
そんなに遠い訳ではありませんでした。


目黒邸は初めてです。国道252号線を
福島方向に走りますが、まっすぐ進めば
会津若松へ行ける道です。


実際にはこれから、小国を通り、長岡へ行き
「けやき屋」さんへ寄ってから
小千谷を通り魚沼へ行く予定です。


「けやき屋」さんに当着したのは9時半頃でした。
結局、ここでは厚板の台(長さ1.5mほど)を購入。

お米のハザ掛け乾燥

この板は暑さ5cmほどで重くどっしり安定しているので
玄関の上り口に置くつもりです。踏み台として。

5000円で、台も2か所固定されています。
色は茶色です。材は不明で、節はありません。


最初もっと長いものを買おうとしました。
色は黒くて味がありましたが、悩んだ末、
厚さが薄いのでやめました。


買ったものは黒い板より3000円も安かったし、
得した気分です。

板はあとから塗装するつもりです。

まねきネコを3匹飾りました。

それと今回の目的はもう一つ。
江戸期の大皿です。絵がいいです。

測ってみたら48cmありました。
これは静岡で玄関に飾る予定です。

結局ここでは2万円支払いました。

店の奥さんがネコの置物セット(6匹)を
プレゼントしてくれました。


この猫は和紙で作られていてアンテーク品。
そのままでも1万円の価値が有りそうです。
太っ腹の奥さんに感謝 感謝。

越後川口道の駅「あぐりの里」

けやき屋さんを出たら、早速、
ナビを再セットしてみると到着予定は
12時と出ました。

これは予定通りでバッチリ!

早速、
北魚沼の「目黒邸」に向かいました。


車は小千谷の山の道を通り
やがて小千谷の町の手前へ来ました。
でもこのままいくと、高速へ乗ってしまいそう。

野菜や果物の生産者直売

これは、まずい!
高速では面白味が全くないので
ナビをセットし直し、一般道を選択し
うまく行きました。


やがて車は小千谷の町を走り、信濃川にかかる
橋を渡り、やがて小千谷駅を右に曲がりました。


始めて走る国道17号線を行きます。
関越道インターも近く、道路が広いのも気持いい。
横には水量豊富な魚野川が流れています。
しかも水が綺麗!

マコモ竹のたけのこ
珍しいマコモ竹













やがて右に越後川口、道の駅
「あぐりの里」があったので
寄って見る事にしました。


入口には竹が置いてあるので何だろうと思いながら
のぼり旗を見ると、マコモ竹と書いてあり、
下からは緑色のタケノコが出ていました。


中へ入るとしっかりした建物で
天井が高くて開放感が抜群です。

北魚沼の風景

ここでは新米で作ったお餅や農家の直産ヤサイなど
とてもバラエティーに富んだ物が販売されています。


特別なお弁当や魚沼コシヒカリ、せんべいなど
もあり、道の駅マニア?の私達もビックリする
内容でした。


火曜日が休館日と書かれていました。

そのあとさらに行くと国道252号線に入り
直進するのみ、お昼近くなったので
お蕎麦を食べることに決めて、ものずき村へ
向かいました。

道の駅「ものずき村」

左に骨董屋さんがあったので
寄って見る事にしました。

中へ入ると、若いおねえさんが
出てきて対応しました。


仕事はほとんど東京へ行くそうです。
ここからなら直ぐ関越高速道へ乗れるので
3時間ほどで東京へ行けるのでしょう。


ここでは小さな「お皿」1枚(花咲きじいさん絵柄)300円と
小さな黒い「ハシゴ」1000円を購入してしまいました。

今回、はっきり言って出費が多い。多すぎる。(ヤバッ

画像の説明

「ものずき村」で早くお蕎麦を食べたい!

パンフレットに、美味しいお蕎麦が
食べられると乗っていたからですが

「ものずき村」着いて入ってみたら、何と本日は
ソバ打ち講習に出かけていて駄目でした。

きっと講師をしているのでしょうか?

可哀そうにと言って、蕎麦打ちの
部屋の中を見せてくれましたが、
よけいにお蕎麦が食べたくなるのでした。(ガックン

お店の方は、「この先にもお店があるけど
ソバはやめたほうがいいよ」と教えてくれました。

豪農の館目黒邸



仕方なく車を走らせますとやがて
目黒邸の看板があり、信号を左へ行くと
小さな道の駅がありました。


入ってラーメン(400円)を注文し
外を見ると向かえにおおきな茅葺の家が
目に入りました。おそらくこれが
目黒邸でしょう。


部屋の灯りが灯っているのが見えます。
早く行ってみたい気がして、ソワソワします。

目黒邸

ラーメンに、「おしんこ」や「フルーツ」が
サービスで付いてきました。
ラーメンもそれなりに美味しくて良かった。


食事を無事に済ませ、車はここへ置かせて
いただき、歩いて目黒邸事務所へ。


事務所にはおじさんが一人いて、
入場料一人500円ずつで千円を支払うと
このニ階に守門民族文化財館が
あるので後でご覧下さいと言われました。

囲炉裏の所より座敷を望む

とりあえず、主屋を見ます。

重要文化財・目黒邸はの
正面から見る屋敷は茅葺で、外観は昔の
大きな武家屋敷の雰囲気で威厳を備え圧倒されました。


しかし、この目黒邸は割元庄屋を務めた豪農
目黒家の役宅を兼ねた住宅です。


おそらく、正面の千鳥破風が見るものに
迫る迫力で迫ってくるからか?

総じて天井が高く、柱や梁は太く豪雪に耐える
構造になっています。

梁構造

中庭には池や滝が配され、
静寂の中に往時をしのばせています。


主屋の裏には蔵が二つあり、その他
麹蔵と味噌蔵、酒蔵跡が残り、
当時の豪農の暮らしぶりがうかがえます。。


管理者によると当時は20人もの人達が
この屋敷に仕えていたといいます。
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中へ一歩入ると囲炉裏の煙が匂い、
この屋敷の煙が、家の柱や茅を
虫から守っています。

かまど

おそらく一日中煙を焚いているけど
けっして悪い匂いではなく
やさしい香りで包みこんでくれます。

ここのおばさんの話では、


目黒家は会津武士の流れをくむ豪農で
江戸時代初期から近郷の村むらを束ねる
総代庄屋を務め、江戸時代後半から


糸魚川藩魚沼領の大庄屋を代々務め
明治維新にいたるそうです。


明治から大正にかけて、親子二代にわたり
帝国議会の衆院議員になり、
政界でも<活躍したといいます。

客間か?



大正期には魚沼地方屈指の農地を保有し
経営規模は165町歩に達したという。

明治32年には広瀬銀行を設立して
大正7年に自動車を購入したそうです。


県庁が一号で新2号車が目黒家の番号だったという。
大正2年に須原発電所が発電を開始すると
目黒家では電化生活を始めたそだ。


この家にある真っ黒になった代理石の配電盤は
富豪をもって知られた当時の名残りを
今に伝えています。

けやき板の廊下

玄関を入ると右側が座敷、左側が囲炉裏が有り
かまどがあるデイというところで
その手前には馬屋があった。

デイは炉地ともいう。


いまは薪が積まれていて薪小屋に
なっている。

座敷を入った直ぐ上には神棚が3つあり
いずれも上に祀られている。


そこからは中庭が見遠すことが出来る。
玄関からまっすぐ突き抜ければ
裏口で、蔵などが有る。

3つある神棚のうちの2つ

廊下は全て「けやき材」の厚い板が使われているが
中庭側の板は、管理が悪い為か、すでに
油が抜けて乾燥していて艶がない。


手入れが悪いのが気になるのだが
おそらくこうして材料が朽ちて行く。

文化財なので、管理者の知識がなければ
痛むのは早い。

木は湿気で腐るか、または乾燥して
パリパリになり朽ちて行く。

座敷から中庭を見る



見ていて少しさびしくなった。
管理のおばさんが説明してくれたところによると
今年は(1月・2月)は稀にみる大雪で
大変だったという。


毎日、毎日大雪が降り続き
取っても取っても直ぐ積もっていったという。


木々の管理もままならないらしい。
年末年始だけ、休館で
こうして毎日おばさん達が薪を燃やして
この家を守っていてくれる。

画像の説明

僕達は聞かないが、
おばさん達は「ボランティア」?と
よく聞かれるらしい。


「ボランティアじゃあ
食べていけないよ!」と言って笑った。


当然で、責任も重い。

この目黒家住宅は寛政9年(1797年)に
十一代、五郎助が建てた住宅で貴重な構造という。
ゆうに築200年を超えている

主屋は茅葺、寄棟造り、正面の表中門は
入り母屋造りである。

蔵という映画にも使用されたという

離れ座敷には茶室、大床書院を備え、
建築材料は各地の銘木をふんだんに使用されている。

囲炉裏の上手は仏間、左手は番頭さんが
帳付けをした広間と寝部屋の番頭部屋がある。

次の槍の間には槍掛けがあり、表には式台状の
縁が張られている。

この縁に座っていると一日中いたくなるいほど
庭園が静寂を醸しだしている。

藩の役人はこの縁から槍の間、中の間、
奥座敷へと通されたという。

小さな川がある



裏に周ると蔵があり、さらに山を歩いて行ける
ほどの庭園のような構造で、
休める東屋があり、赴きがある。


静かな散歩コースみたいだった。
小さな川があり、その川沿いを上に歩いてみた

5分ほど歩き上がると上には
目黒邸資料館があった。

先ほどの500円チケットで入れるが、
もし、単独で入ると200円入場料がかかる。

資料館より下を望む

ここでは目黒邸の歴史をビデオで紹介していたが
これといった物は置いてはいなかった。


資料館を出たあとは、今来た道を遠い山並みを見ながら
ゆっくり歩いて下って行った。
涼しい風が吹き抜けて気持ち良い。


裏庭でおばさんが「お帰りなさーい」といって
向かえてくれた。

おばさんは「流し台」で作業していた。
結構忙しいみたいだ。

船の櫂の展示

そのあと、さきほどの事務所へ戻り
一言、声を掛けてから2階の民族文化財を見に上がった。

ここには色々面白いものがたくさんあったが
船の櫂の展示は上手にやってあって感心した。

実際の使用感を出すため、斜めに展示してあり
感心してしまった。「さすが~」
櫂はとても長いのでこうするしかなかったのかも?

と思えなくもない。


画像の説明
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画像の説明
画像の説明

























目黒邸を出ると、この近くに
旧佐藤家住宅が有ることが分かりました。

佐藤家住宅の裏は開けた里山

近くなので行かない手はありません。
しばらく看板に沿って走ってみましたが
さっぱり見当たりません。


歩いてくるおばちゃんを捕まえて聞くと
ずっと上に行ってくださいと言います。


とにかく上へ上へ車を走らせます。
すると、また看板があり、右の矢印があったので
右へ曲がって走ると行き止まり!


「どうなってるんじゃ~」
「Uターン」する場所も見つからず
仕方なく、そのままバック!

旧佐藤家住宅

バックミラーを見ると後ろから入って来る車があり
「これはヤバッ」
「スマン・すまん」と言いながらバックすると


その田舎のトラックも仕方なく先ほどの
道の所までバックしてくださいました。

お詫びを云って元の道を
上がることに!

看板の矢印の書き方が完全に違うのです。
曲がってはイケなかったのです。

画像の説明

「看板は正確に解り易くお願いします」
さらに上へ上へと行くと、ついに、
茅葺の家を発見!


やっとたどり着けました。
ここは、国指定重要文化財、旧佐藤家住宅と
書いてありました。



多分目黒邸のような大きな家では無く
小さな家なのは察しがつきます。

両隣はなんの変哲もない普通の民家です。

入るとまず土間が有りました

この古民家は元文3年(1738年)に建てられた家で
建物面積は45坪チョットですから
新潟で良く有る古民家かもしれません。

この旧佐藤家住宅は、新潟県中越地方の
豪雪地にある中問造りの形式をもつ
民家の初期の遺例として

その時代的価値が認められ、昭和52年1月に
国の重要文化財の指定を受けたものです。

昭和54年に解体復元工事を行った際に
柱より墨書が発見され、元文3年(1738年)に
建築されたことが明らかにされました。

築、約300年近いこの家の板戸は
全く帯がありません。

古さと、貧しかった当時を偲ばせており、
家の作りは力強さが感じられます。


先ほどの目黒邸のような武家屋敷ではなく
典型的な農家住宅でした。

好みから言うと、個人的にはこういった
農家住宅はホッとします。一番の好みです。

以前、新潟・津南町にお邪魔した古民家と
造りがほとんど同じでした。

画像の説明

でも古民家は一つとして
同じ家はありません。

似ているだけです。


入場料を支払い、
入口を入ると直ぐ右側に馬屋で、
正面には土間がありました。
これは「にわ」といいます。

ここはおそらく
24畳ほどの広さのスペースです。
この家では一番広い場所で、農家の
仕事する場所。

昔、「おとうが土間で藁打ち仕事」を
したと思われます。


その奥には流しや家の中へ常時水が流れて
巡回するように出来ていました。

土間から囲炉裏周りの座敷を望む


山の豊富な水が使える工夫がされていて
ナント贅沢な仕組みでしょうか。



そして右側が馬屋です。
ダイドコロの右に無双窓があり、
角が風呂場でした。

外から山の水が家の中まで巡回しています。



土間の半分近くに囲炉裏を中心として
周りにムシロが引きつめられているのは
当時をしのばせる正しいディスプレイでした。
ここは「ちゃのま」といいます。


「ちゃのま」は20畳分のスペースはありそうでした。

12.5畳のたたみ座敷に上がるところはおそらく
客間です。古民家では「でい」といいます。

光を入れるための工夫そして和紙張りがされています

部屋の上は光を入れる工夫があり、
欄間障子?があります。



その裏部屋が「へや」で、そこには
「長持」がいくつか置かれていました。

座敷には天井を張っていることより見て
建築当時はこの地方の庄屋格を持った家柄で
あったと推測されます。

そして「にわ」の上には大きな「ソリ」が
釣り下げられています。

にわの上には「そり」

その昔、雪道を道具や人をのせて
馬が引いたのでしょうか?

こうして二人でいても誰も来ないので
寂しくなります。

この家の所在地は、
新潟県魚沼市大倉という所です。

大倉地区は縄文時代の前期(約6000年前)のころから
人類の住みついた足跡が残されており

後に鳥屋が峰(681m)の山を背負う南面に展けたこの
土地は古くから人類の活動した場所という。

佐藤家住宅の後ろには広大の田んぼがあり、その向こうに山

この地域には、執権北条差経時の寛元年中(1243年)に
僧自円が、馬頭観世音の像を背負い、この地に
安置したという。


「馬頭観音」が「松坂峠」の中腹に祀られています。

「松阪観音」は市指定文化財で
毎年7月の第四土日に百八点灯の例祭が行われるという。

現在、国道252号線のすぐ横には
「只見線」が運航されている。

魚沼の田んぼ

近くには「須原スキー場」もある。


佐藤家からさらに上に行くと
「松坂観音」、さらに上がると「鳥屋が峰」の
展望台がある。

と言っても今回は行きませんでしたが
この次に来た時は行くつもりです。


このあと僕達は国道252号線に乗り
117号線まで今日来た道を帰ります。

麦麦パン屋さん

十日町のスーパーharasinで買いものして
帰ります。


しかしその頃、雨がポツポツと
降り出しソワソワします。

洗濯ものがいっぱい干してあるからですが
家のほうはおそらく大丈夫なのでは?

と期待しつつ走っていると、
ひと山越えるごとに雨は激しくなるのでした。

じょんのびアンへ着いてみると
洗濯竿ごと玄関先の濡れない所へ
仕舞っておいてありました。

じょんのび庵

きっと部落の「チョウスケ」さんが
心配して仕舞ってくれてあったので
ほんとに助かりました。

その時にはすでにドシャ降りの雨です。
今日は天気予報では完全に晴れだったので
安心しきっていたのですが・・

今までも何度もこうして
部落の方達に助けられています。

感謝・感謝です。




お米とお酒の道具館





翌日、僕達は小国から長岡へ抜ける途中の道に
「お米とお酒の道具館」 を見つけたので
寄ってみることにしました。


建物が蔵のような建物で作ってあり
黒と白の建物です。


昔はお酒を作っていたようで
お酒の一升瓶を洗う道具や
ビンにお酒を詰める道具などが展示されています。


そのほかお酒を作る為の大ダルや
田んぼの雑草などを刈り取る草取り機や
田んぼで使う道具類が色々あります。

建物

高い所へ物を上げるための滑車も味があります。
そして何といっても大ハチ車が迫力がありました。


大ハチ車は何度見ても興味がそそります。
そして奥へ行くとお店になっていて
いろんな物が売られていました。


お酒はもちろん、サケの燻製や、
変わったトウガラシなど珍しいものが
沢山ありました。

画像の説明

少し買いものをしてから、止められていた
ニ階の資料館を見せてほしいと交渉したら
何とかOKになりました。駄目もとでも
一応云ってみるものですね。


ここではお酒のラベルがコレクションされていて
沢山貼ってありました。
それも凄い数です。


画像の説明
大ハチ車
画像の説明
画像の説明




















お皿などの器や木の道具などの他に
「矢じり」や「まが玉」など関係無い物まで
あります。きっと誰かのコレクションだったのでしょう。

数がすごいです。
結婚式などの時った木の酒入れなどもあります。
酒マスが山のように積まれて置いてありました。

画像の説明
画像の説明













昔のとっくりの数も沢山集められています。
こんなに多くの「とっくり」は初めてみます。

なぜか「勾玉」や「矢じり」なども展示されていました。

江戸時代からのとっくり
勾玉など



お米とお酒の道具館を見たあと
私達はじょんのびアンへと帰りました。





その翌日、静岡へ帰りますが
季節がら途中、長野県松本市へ寄り、
松本民芸館へと足を運ぶ事にしました。





民芸館の蔵?

松本へは本当に久しぶりです。
30年振りに来ました。


以前は松本民芸館へ寄ったあと、お城や
安曇野のワサビ畑へ寄り、そのあと
上高地で一泊して帰りました。


今回は、民芸館だけを見て帰る事にしました。
民芸館は山の近くですが、町の直ぐ近くで
高速インターから車で10分ほどの所です。


町の風景はすっかり変わり
家が多くなりましたが、
小さなこの町は赴きがあります。

松本民芸館入口

昔は田んぼの真ん中に民芸館があったのですが、
今は、ナビが無ければ行けないほどに
周りが見えなくなってしまいました。


松本は民芸の町というイメージで
民芸家具などが有名です。


江戸時代から続く手作りの伝統、
松本タンスや行李づくりなどの職人芸や
機織りの技術などです。


戦後ほどなく、柳宗悦、バーナード・リーチなどの
民芸運動などがあり、民芸活動に影響を受けたのが
丸山太郎さんです。

入口に入ると石造が・・

丸山さんは商家に生まれ、工芸に感心を持ち、
工芸作家としても活躍されました。


その丸山さんが「民芸を見る確かな目」で
民芸品を収集され、昭和37年に
独力で松本民芸館を創館されたのです。


30年前、私達がここを訪れた時、丸山太郎さんは
来場者に熱心に説明されていました。


蒐集という言葉どうり、心を鬼にして
草の根をかき分けてもという姿勢で
コレクションを形つくられたのでしょう。

玄関入口方向を見る

昭和58年には
約6000点にも及ぶコレクションを
松本市へ寄贈されたのです。


全国の民芸を愛する人々の
よりどころとなることの願いが
込められています。


入口の長屋門を入ると広く、赴きがある
庭を通って突きあたると、ナマコ壁。
右に玄関が見えました。

画像の説明

この民芸館の庭は、ありのままの
「雑木の庭」で丸山の自宅と同じで
そこに流れる美意識は、

「無心の美」や「平常の美」を説く
柳の民芸思想である。


丸山は民芸館を作った時、
「その庭は自然の庭にしようと以前から
考えていた」と「松本そだち」という本に
書いています。


池や石組みで構成する庭が日本庭園の
一般的なイメージだが、民芸館の庭は
それとは風情が違い、実にユニークである。

雑木の庭


くぬぎ、なら、けやき、ぶな などの
落葉樹を植えて雑木林を作り、
あまり手を加えない場を作っている。


切り石と自然石を混ぜたりの庭は雑木や
館と美しく調和している。


私達が入って来た時、若い男女がベンチに座り
この庭を見ながら愛を育んでいたのが
印象的でもあり、全てを表しているようでもあった。



建物もその後、増築されて、
広くなっていました。

玄関を入って左にはまだナマコ壁が・・



このベンチに腰を下ろすと
目の前は緑に覆われ
心が洗われるようです。

静寂な世界が広がります。



玄関で一人500円の入場料を支払い
上がると正面には雰囲気のある臼が二つ
「デン」と置かれていました。


真ん中にはお花が活けてあります。


玄関を上がると正面には赴きのある臼が「デン」と・・



その背後にもナマコ壁があります。
松本市の担当者はよほどナマコ壁が
お好きなのでしょうか・・

私も好きなのでいいと思いますが。
きっと、丸山太郎さんも好きなのでしょう・・



上には古い鉄の照明器具が灯り、
優しく語りかけてくれます。

民芸品です。

照明器具

民芸とは民衆の日常生活に必要な
工芸品のことで、


それまで「下手物」と呼ばれていた無名の
職人達の手によって無心に
作られた日用雑器を民芸と呼び改めた。


民芸は民衆的工芸で「民」と「芸」を
合わせ縮めた造語で、

大正14年末、全国の木喰上人の仏像を
訪ね歩く途中に、


柳宗悦、濱田庄司、河井寛次朗郎の三人が
民衆的工芸品を「民芸品」と呼んだものです。

江戸の民芸

用から離れて個性美を意識的に
追及する「美術的工芸」と区別されます。


入口に丸山太郎直筆の書「美しいものが美しい」
が掛けてあります。


これを読んでみると
「では何が美しいかと申しますと、
色とか模様とか型とか材料とか色々あります。


その説明があって物をみるより、無言で
語りかけてくる物の美しさを感じることの方が
大切です」

ガラス類

何時、どこで何に使ったかということでなく
その物の持つ美を直感で見て下さい。


これはほとんど無名の職人達の手仕事の
日用品ばかり美しいものには境界もなく
新旧もありません。


ただ美しいものが美しい。
そう感じてもらえたらうれしいです」

という趣意で、物の見方を来館者に
わかりやすく語りかけています。

お面

鑑賞する上で大切なことは
書かれた説明文を読んでから物を見るのではなく
実際のものをあなた自身の直感で見て、


美を素直に心で感じ取ってください。
珍品であるとか、高価であるとか、
茶に使えるとか、誰の所有品であったという事は
そのものの美しさと何の関係もありません。


物を区別して見ようとするのは誤りです。


そして丸山氏は何度も
「直感が何よりも大切である」と
繰り返し述べていました。

画像の説明



なので展示品を知識ではなく直感で
見てもらう趣旨から、館内のキャプション
(説明書)は余計な情報を排し、


必要最低限の事柄しか記されていないのです。

何をどのように見るかは来館者に
任されているのです。

黒地に朱漆で素っ気なく書かれたその木製の札は
今も30年前と変わらない。



自在釣りエビスと車箪笥

「今見マセ イツ見ルモ」


「見る」とは即座に見ること、
直感の意味です。


何事においても「今始めて見る」という
想いで向き合うこと。偏見を持たず
謙虚な姿勢で物事を受け入れること。


それが美しいもの、真なるものを見出す極意であると
柳宗悦は本に書いている。

生け花を欠かすことがなかった丸山太郎



そして美の世界と信の世界は一緒で
あるという柳宗悦の「仏教美学」は


単に工芸の美しさや工芸のあり方だけを
唱えたのではなく、美の本質に迫った
心理の発見でもあった。


柳の説く「健康な美」「平常な美」「無心な美」は
美の目標であると同時に道徳の理念に適うものでもあって
そのまま人の生き方の規範と考えてよい。


ここに丸山太郎の人柄、人徳を浮き彫りにする
二人の文章がある。

画像の説明

丸山太郎士の「謙虚さ」「自然さ」「静けさ」
に着目してみたい。

謙虚さはアイデンティティーを失うことなく、
自我を張らないつつしみ深い心の持ち方である。

それはまさに工人が自分を表に出さないで
淡々と仕事する姿勢でもある。

自己の欲望を制して足るを知ること、
この謙虚な生き方を倣いたいものである。


極力、無駄なものを切り捨て、本質的なるものを
煮詰めた姿は工芸のシンプルな美に著しく見出す
ことが出来る。

日々働く器が華麗に奢り、派手に着飾っては
用に耐えられない。
堪えるということは丈夫さ、確かさ、単純を要求する。

画像の説明



次に自然さですが、自然に従い、自然と一体になる
丸山太郎の自然観は東洋的なものの考え方、
暮らし方の典型といえる。


自然のうつろいを繊細に感じ取れる日本人は
「うつろう」からこそ美しいという美学を
持っている。


あるがままの「自然」に居る事は「平常」や
「無事」の境地とも言える。


「平常心これ道なり」という禅語で示すものは
ありのままのもの、無難なもの、造作のないものを
目標とする生き方である。

画像の説明



民芸の心とは迷いのない美しさに他ならない。
そんなありのままに生きた丸山太郎にあこがれる。



「静けさ」とは民芸の美に見だされる静寂な
境地であって騒がしくない事無き静けさである。


渋い無地の器には侘び、寂びの心が潜んでいる。
「寂」は一切の執着を取り去った静けさの意。


美を狙って作られたものより、静かにただ
平凡に作られた物はそれを見る者の心にも
静けさと歓喜を生むといえる。

画像の説明

生活の中から美しい物、本物を選ぶ眼を養い、
美しい心で本当の人生が送れたら幸せであろう。
丸山太郎の徳にあやかりたいものだ。

ここへ来て分かったことに、丸山太郎は
創作する人でもあったこと。


地方の職人による手仕事への関心が高まる一方で
自らも創作する人であった。


絵便り、挿絵、木版画、漆工芸、看板や
包装紙デザイン、著作、詩や短歌hぽか
多方面で親しみ易い美を表現する才能があった。

画像の説明

絵便りや画文は昭和10年頃から日常的に
友人や兄弟、孫たちへ送ったもので
そのほとんどが残されているという。


丸山の絵便りは絵手紙とは様相を異にして、
最小限に省略された墨の線や余白の
美しさは遠く禅僧の円相図さえも想起させる。


挿絵は万年筆による画が多く、どれも無造作な
線が自由に描かれていてとても美しい。
そこには卓越した画力がうかがえる。


画像の説明

雑記の美に目覚めた丸山は、美しい民芸品を求める旅に
ほとんど一人で出掛けたようだ。


そしてこんな言葉を残している。


「旅に出ると、道具屋の隅に置き忘れたように
人の眼に止まらず、売れ残っていた美しい品に
合った時、私の胸は思わず高鳴ってしまう。」


「これを求める為に旅に出たとさえ思う、
その嬉しさは言外である。」

民芸館からの風景

「先日も東京のガラクタやとも言うべき道具屋で
何に使ったかわからなかったが、
不思議な竹筒を見つけた。」


「その形の美しさに息をのんだ。
上下が麻縄で幾重にも巻かれ黒漆がぬってあった。

耳のような二本の足は土に
突きさすためのものらしい。


これは渓流の水を汲む竹筒コップであると
道具屋の主人は説明した。

画像の説明

値段も安くてこんな美しい品が
東京で見出せるとは思わなかった。


器物は、一番可愛がってくれる人のところに
集まってくれるものだ。」と

「蒐集を語る」の一文に書いている。



また「美濃焼の大徳利」には
丸山が執念で蒐集した<様子が書いてある。

民芸館内部

「ある一軒に入っておどろいた。
40センチぐらいもある美濃焼の大徳利で、
前面に鉄砂で細く太く、薄く濃く
唐草で埋めつくされている。


それは私が30年も胸に思い続けた数少ない
もののひとつである。


最初にみたのは柳先生の日本民芸館であり
次に名古屋の加藤民芸館であった。


しかし加藤氏死後、散逸してしまった。
三番目は那須温泉の徳利ばかり集めた斉藤氏の
みちのく陶庫であった。

画像の説明

私は終生入手することはできないものだと
半ばあきらめながらも思い続けていた
その徳利が、今、目の前にあるではないか。


それは少し口辺が欠け、修理が出来てきた時であった。
もう2,3日早かったら、まだ会うことは
できなかったかもしらぬし、


四、五日後であったら、すでにひとに買われて
いたかも知れぬ。

画像の説明

全く幸いそのものであった。それは売り物である。
私の胸は高鳴った。
何で逃がすことができよう。


この徳利を30年も探し求めて、やっと
入手することができた。


そんなにすばらしいのかと人に問われても
私は知らない。

大徳利

唯ただ欲しい欲しいと念じ続けて来て、
それがやっと実現したのである。」(後略)


という訳で、今回のこの
松本民芸館で新たに丸山太郎氏の蒐集の
数々を見て、さらに理解が深まり、

紅葉した松本の秋に別れを告げ
静岡へと帰ったのでした。




引き続きメニューの古民家の改修7より
ご覧ください。






 

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