ようこそ、じょんのび庵ZENへ。

日本の古民家

萱の家 北海道開拓村博物館

日本の古民家



はじめに

私が生まれた家は、小さいながらも土間が有り、玄関を入ると
右側にお勝手、手押しポンプがあり、さらに右手に桧の、風呂桶、

左手には真っ黒な「かまど」がありました。
そこにはいつもお釜が2つ乗っていて、

母は朝早くから竃でマキを燃やしてご飯を炊いていました。
その頃、小学生だった私は夕ごはん炊きを手伝い、

手動ポンプを何度も漕いで、お風呂の水入れや、風呂焚きを
時々ですが手伝っていました。

休みの日には早朝から眠い目をこすりながら私と
母は二人でかまどに薪を入れては、朝ご飯を炊いていました。

そんな何から何まで手がかかる毎日の生活でしたが、今
思うと、何と平和で幸せな生活だったのだろう・・・と

思います。冬は寒さが堪えます。
その家は天井が無く、黒い柱や梁がむき出しで、電灯線が2本

白い碍子に沿って這っているのが見えていました。土間の他には部屋が2つ、
左側は畑で、グラジオラスや松葉ボタン等が咲いており、

北海道開拓村博物館

甘い金柑の木もあって、よく摘んでは食べていました。
大変慎ましい生活でしたが、本当に楽しい毎日を過ごしていたのです。


もし、今もその家が在ったなら古くて懐かしい家でしょう。
けっして古民家とは言えませんが、心の中はいつまでも

忘れる事はありません。やはり土間のある生活は何かが違います。
その頃は自然がいっぱいで、誰もが楽しくてしょうがない と
いった感じです。自然と人間が一体化してとても癒されていたのです。


そんな訳で、今でも古民家を見るととても癒されます。そして
里山の風景が脳裏に浮かびます。山の、あの一本杉は元気でいるのだろうか?・・・

これからしばらく、古民家について少しずつ記述したいと思います。




古民家とは!

では古民家とはいったい何でしょう。

ほんの少し前までは民家と言っていました。
しかし最近、築100年ほど経っていれば

新潟県荻の島

古民家と言えるようになっています。言い方はどうであれ

なぜ古民家に魅力を感じるのでしょうか?
私は若いときから里山風景が好きで、秋になると何時も一人で

車で出掛けては日本の原風景に出会っていました。
又、仕事や旅行で海外へ行き、感激しては戻って来る度に

日本の素晴らしさを一層実感するようになりました。そして
今まで古民家を探したり聞いたりして、何百もの

古民家を見て回って来ました。古民家は日本人の
住まいの原点、日本の住居の未来に向けた大きなヒントに

なっています。日本の自然環境と融合することの中で、
この地に住むことの本当の意味を教えてくれると言えるでしょう!

そして自然の中に住むことを教えてくれる古民家から学ぶことは
計り知れません。

そこに生活する四季のリズム、生活のリズムを共有するとき
人は癒されるのでしょう。

新潟県荻の島

しかし、古民家の欠点である「寒い」「暗い」「収納場所がない」
などを現代の機能や住まい方に置き換えて改善した現代住宅。

古民家の良さである「本物の木のぬくもり」
「空間の広がり」「開放感のある落ち着ける要素」など

心安らぐ住まい方を求めて今、注目されている
古民家再生もその流れにあります。

そして新築古民家などという不思議な
言葉まで生まれています。

その「新しい古民家」とは
伝統の技と知恵を使い、今という時代を吸い込んだ自由で

健康的な家。確かな作りが古民家のように時とともに
成熟してゆく家と言えるかも知れません。

日本は湿気が多い為、昔から土壁や漆喰、珪藻土などが
多用されてきました。

皆さんご存知のようにそうした材料は
生きていて、湿度や乾燥を調節して、
人に優しく作用してくれます。



そうした自然素材はその土地のものを
利用しているので材料には事欠きません。

そこに住む人は周りの環境を気にしていました。
ある里山の、上に佇む古民家を訪ねたとき、

新潟県荻の島

心配なのは雨では無く、風が怖いといっていました。
時々、家の周りに何本ものケヤキや杉の木があるのを

見かけることがあります。それは
昔の人の知恵で、防風林として家を守っています。

家だけでなく、まわりの田や畑などを含めた環境や
景色を里山といいます。

民家とは、この里山全体を背景に農業を生活の中心にした
住居をいいます。ですから、ゆっくりした時間が流れます。

生活と生産が一体となった空間、森や小川、田や畑、
虫や鳥と融けあった生活。民家はその土地土地に

なくてはならない点景であり景色です。
むせかえるような土や草の香り、枝をいっぱい広げた樹が
四季を感じさせてくれます。

古民家の魅力は、なんといっても使用している材の大きさでしょう。
その中で、家の中心にあって差し鴨居や敷居が四方から

大黒柱

差さっている大黒柱はそこにいる人に安心感を与えます。
一尺角の欅の大黒柱はただ太いだけでなく、

その木肌の美しさをも玄関を入っただけで
見ることができます。この柱が重要で、構造の要だということ。

名実ともに屋根荷重をしっかり受け、天と地を結ぶ
役目をもっています。四方から力を受ける為

太い柱になり、しかも丈夫な堅き即ち広葉樹となります。
いまではこのような太い乾燥材を入手することは

難しく古民家の長い歴史を感ずることのできる
象徴的存在といえるでしょう。

大黒柱

古民家に使用された木材はその土地の木を利用します。
まさに地産地消です。特に屋根の荷重を受け持つ

小屋梁はどの地方でも赤松が主流です。松にはまっすぐな
材はなくどちらかに曲がっています。その曲がりを生かして

力をを受けます。手斧や鉈で、はつって形を整えるので、
その曲がり具合とウロコのような削り具合が実に美しく、

やさしく語りかけてきます。100年前の匠の技と息が
聞こえてきそうです。

実際、この作業は時間と力と集中力を要します。

現在の新築住居は、梁と柱、梁と梁などの接続には金具が
使われていますが、古民家は金具に頼らず

松の梁

木組み工法で材と材、継手で結合し、クギのかわりに
堅木の柱をたたき込み力を地盤に伝えます。

この匠の技は芸術といってもいいほどで、
惚れ惚れして思わず木肌に触ってしまいます。



こういった工法は奈良時代から匠の技の蓄積、体験が
驚くべき技を伝統として今も伝えているのです。


柱や梁のほか、古民家のもう一つの主役、それは建具です。
建具を外してしまうと、縦の柱と、横の梁、差し鴨居とが

残り、額縁となって裏の庭まで見遠せます。
建具には板戸や障子のほか、中段にのみ障子があるもの

板ガラスが入っているものもあります。
障子の和紙が柔らかな光りを通し、梁を

建具

力強く照らしだします。
こういった建具は部屋の仕切りのための他、

押入れなどの板戸、舞良戸などがあり、古民家に
安心感と安らぎを与えているのです。

板戸の木目が美しく際立ち、


時間の蓄積と長年の使用でさらに味わい深く
黒光りし、匠の感性を今に伝えます。



そうした中で生活することで

人間の本性を蘇らすことができます。
癒しは頭ではなく心に訴えなければなりません。

鉄砲梁

こういった建具に匠の技とぬくもりが
感じられます。










古民家の屋根

古民家で最初に目に付くのは屋根です。
屋根の形は切妻造り、入母屋造り、寄棟造りの

3種類があります。そして間取りとの関係により屋根形が
変化します。また屋根を葺く材料により勾配が

異なる為、同型の屋根でも外観上の印象がちがって
きます。

日本の民家は気候風土や生活様式に応じて
各地に特色ある屋根を生み出してきました。

萱屋根

屋根に使われる材料は、一般に萱と云われていますが
本来、萱と言う植物は存在しません。普通

その土地で取れる材料を使いますが、すすき、アシ、
麦わら、稲わら、などです。それらの総称として

萱といっているのです。
その中でもススキは茎が細く

耐水性にすぐれており一番多用されます。
麦わらは風に弱く台風などで一部が抜け落ちたりしやすく、

アシは太い分、水に弱いと云われています。
材料が取れない所では木の板で葺かれていました。

萱屋根は近頃ではとてもお金がかかるので
カラートタンを被せて少しでも長持ちさせています。

板葺きは風に弱いので、今でも石を載せているのを時々
見かけることがあります。

昭和の初期にはよく杉皮が使われていました。
私の家も当初は杉皮でしたがやがて

ブリキのトタン屋根に変わったのを覚えています。
杉皮は今でも塀などには使われていて、情緒を醸し出しています。

板葺き屋根

そして時代が下がると瓦に替わって来ました。
今では色々な種類の瓦が出ています。



昔の家では頑固なおじいさんが、「俺の生きてる内は
屋根には絶対に土は載せね~」と言ってるのを
聞いた事があります。

草屋根にどれほどプライドを持っていたか
お分かりでしょう。

おそらく縄文人の血が流れているからでしょうか。
あるいは自然素材へのこだわりかも知れません。

この萱葺き屋根の特徴は萱、竹、縄といった
ごく身近な材料で間に合った点や、作業の多くを

板葺き屋根



村民の協力でまかなえた点にあります。材料と労力を
共同体単位で調達出来たのです。その結果、同じ萱葺きでも

材料の選択、棟や軒先の作り方に地域的な
特徴があらわれ、古民家の見所のひとつになっているのです。



萱屋根















変わりどころの屋根としては岩手や山形の曲がり家などがあります。
昔は普通、人馬が一体と成り生活をともにしていたのです。

萱屋根

ですからL字型や逆L字型の家で馬などが家族同様に
大切にされて、家の中に馬屋が置かれました。

そのため、外観も見ごたえのある家の形となったのです。




屋根の形は3種類(切妻造、入母屋造、寄棟造)が
基本として有りますが変形タイプとして

兜造りの屋根があります。兜造りとは
両妻面(上から見て長方形の短い側)に窓を設けて


通風と採光を図るためでもあり、小屋裏部分を広く使うことが
できます。


屋根は寄せ棟造りの妻端を切り落とした屋根形式だったり
あるいは入母屋造の妻端を切り落とした屋根形式だったりの


いわゆる兜造りの形が出来たもので、この形式の屋根は
大変多く見られます。

兜造りの屋根

葺き替えには手間もかかりますが、養蚕農家として
生活するには効率的に養蚕を行うことに適した屋根構造の
一つであるとされています。






古民家を知る上で、養蚕は欠かせません。
なぜなら養蚕が人々の暮らしを支えていたからです。


養蚕とは蚕を育て、繭から絹糸をとり製糸にします。この
技術が大陸から日本に入ってきたのは弥生時代といわれています。


江戸時代になると、武士や町人の衣服の材料として絹織物の
需要が高まるとともに、生糸が全国に流通するようになり、


養蚕業や機織りに特化する地域がみられるようになって
行きました。


その後明治時代にかけて、養蚕、製茶、製紙が3本柱と
なりましたが、全国的に養蚕熱が上昇し、各地で

板葺き 切妻型屋根

養蚕が新たな生業として導入されることとなりました。
蚕を育てるために必要な桑は、水に乏しい地域で稲作を


行うことが出来ない地域でも桑栽培は可能だったため、
比較的容易に導入することができました。


明治時代から大正時代にかけて養蚕農家を営む人々の中で
養蚕組合が作られ、技術や情報を共有することが可能と
なりました。


ちなみに私が子供のころ、家の近くには養蚕試験場があり、
蚕と桑の葉をもらい、育てたことがあります。


蚕の物凄い食欲や不思議さを覚えています。

先日、見せていただいた家は玄関を入ると正面に囲炉裏が
あり、薪がちょろちょろと燃えておりました。


寒い日でしたが、家の中は暖かくて、少しだけ
煙で燻っておりました。

いろり

そこは今でも、養蚕を行っていて、家の2階に何百匹という
たくさんの蚕を育てていました。網の上に桑の葉と蚕がいて


囲炉裏の熱が養蚕に欠かせないものと説明してくれました。
えさの桑葉の交換にも工夫が要ることが良く解ります。


養蚕農家は、お蚕様と言って家の中の一番広くて良い所に蚕を
住まわせ、人や家族は2階や狭くて寒い場所で生活をしていたのです。


古民家と養蚕は殆ど一体であり、養蚕生活が屋根の形を
時代時代で変化させることになって行きました。

swfu/d/s_0100.png






瓦屋根


古民家では萱や板葺きの他に、昔ながらの日本瓦が使われています。


古民家に使われている粘土瓦を 古瓦 といいます。
1400年の風雪に耐え抜いた古瓦の元興寺は
私たちに深い感銘と歴史の重みを教えてくれます。




本葺瓦は形状による分類の1つですが、
日本に屋根瓦が伝来されて以来のもので、


平瓦と丸瓦を使い葺上げられます。軒先部分には平瓦、
軒巴瓦(唐草等の模様が入っている)を使用します。

それは重厚な屋根に葺上がるので神社や仏閣の
堂宮に用いられます。



瓦で

画像の説明

あまり知られていませんが、古い瓦をもう一度窯に入れて
焼き直すとまるで新品のように蘇らせることが出来ます。


一般的に、古瓦は いぶし瓦・無釉瓦・釉薬瓦の3種類に分類されます。いぶし瓦は黒瓦や銀色瓦と呼ばれている瓦で



いぶし銀の落ち着いた色調が好まれ、和風建築には時代を
問わずよく合います。


粘土瓦をその形状により分類すると 本葺瓦やJ型瓦、S型瓦
フレンチ瓦、スパニッシュ、F型瓦などがあります。

古瓦が再生古民家や新築物件に使用できるかの判断基準は
含水率で決まります。

通常、含水率が12%以下で焼きねじれが少ない瓦が
良いとされています。古瓦の使用は熟練した瓦技師が

経験と感覚で使用可能かどうかは目視や叩いた音で判断します。


瓦は野路板の上に葺いていきますが、屋根の勾配が瓦の勾配に
なるわけではありません。瓦1枚1枚には厚みがあり


流れに沿って下から重ねながら葺きあげるので
瓦の勾配は野路勾配よりはるかに緩くなります。


六地蔵

瓦の歴史は昔(588年頃)朝鮮半島から来た4名の
瓦博士によって伝えられたとされています。


その後仏教の興隆とともに寺院建築で大きく


発展しました。そして日本の気候風土に合うように改良され、
今日の瓦が生まれました。
                           (古い時代のお地蔵様、とても美しい六地蔵)

   
瓦は実にいろいろな形や様々な種類があります。
棟端を飾るかわらで、現在は鬼面で無くても鬼瓦と
呼ばれている瓦がいろいろあります。


また、屋根の最上部の雨仕舞をする瓦で、ふすまかわら、
伏間かわらともいわれています。


種類としては丸桟冠瓦、角桟瓦、
棟丸瓦は紐丸瓦、素丸瓦、棟丸瓦などあります。


使用する箇所によるところでも分類され、
その種類はきりがないほどあります。


牛梁

瓦は日本全国、原料の粘土を産するところならどこでも
作られています。大量生産の産地としては、


愛知県の三河地方の三州瓦、島根県の石州瓦、
兵庫県、淡路島の淡路瓦などがあります。


西日本ではこの他の産地として京都、泉州、奈良、
岐阜、四国などがあり、又、東日本では静岡、新潟、


埼玉、福島などがあり、それぞれの特質を発揮して
います。


画像の説明











つづく

powered by Quick Homepage Maker 5.3
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional